当時14歳だった高英煥によると、8月ごろ、集合するよう指示され、校庭に集まると、本や音楽テープがうずたかく積まれていた。幹部が声を張り上げた。
「これらテープや本には修正主義、ブルジョア思想が記録されている。今から燃やしてこの世からほうむってしまう!」。そう告げながら点火したという。海外で出版された辞典や絵画の本、小説などだった。
《その場で、何人かの女学生は泣いていた。数万冊にのぼる英・仏・スペイン語、アラブ語などの教科書や小説、録音テープは翌朝まで火に焼かれていた》
各家庭が所蔵する文学や哲学、歴史書籍に加え、レコードなどもことごとく押収され、焼却された。「図書整理事業」と正日が称した焚書(ふんしょ)の狂乱の舞いは74年まで続く。=敬称略
(龍谷大教授 李相哲)