【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(5)総理の娘は「疲労困パニオン」 良家の子女に訪れた疾風怒濤の日々(1/2ページ) - 産経ニュース

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64年東京のいまを歩く(5)総理の娘は「疲労困パニオン」 良家の子女に訪れた疾風怒濤の日々

【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(5)総理の娘は「疲労困パニオン」 良家の子女に訪れた疾風怒濤の日々
【オリンピズム】64年東京のいまを歩く(5)総理の娘は「疲労困パニオン」 良家の子女に訪れた疾風怒濤の日々
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 ジョン・F・ケネディが大統領だった時代の空気を思い切り吸って、池田紀子は米国「遊学」から戻った。待っていたのは日本オリンピック委員会(JOC)総務主事の青木半治。後の日本体育協会会長、日本陸上競技連盟会長である。

 「来年のオリンピックを手伝ってもらえませんか」

 聞けば来日した国際オリンピック委員会(IOC)委員や特別ゲストをアテンド(介添え)、予定通りに行動できるよう通訳や秘書役を務めるのだという。

 「おもしろそう」と思った池田は父親に承諾を求めた。「いいだろう」。即答だった。ときの内閣総理大臣、池田勇人である。

 東京都知事でIOC委員の東龍太郎の発案で「コンパニオン」と命名された女性たちは総勢34人。NHK磯村尚徳夫人、現JOC会長・竹田恒和の2人の姉たちに交じり、池田は妹の祥子とともに加わった。取材を縁に長嶋茂雄と結婚する西村亜希子もいた。

 「中学からアメリカに留学されて、英語にフランス語、スペイン語もおできになり、活発な方でした」

 いずれも語学堪能で、マナー、素養とも申し分ない良家の子女。選考に偏りと批判はあった。しかし海外渡航が自由化されておらず、外国人を見たことのない人が大半の時代、彼女たちは貴重な存在だったといえよう。