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いまや当たり前の週休2日制を日本で最初に採用したのは松下電器産業(現パナソニック)だ。ただ社員を休ませたかったわけではない。創業者、松下幸之助氏が昭和40年4月、海外企業に勝てる仕事の能率を求めて現在の完全週休2日制を導入したのだ。米国で主流でも、欧州でさえ導入企業が一部だった半世紀前。仕事量の減少が業績に響くとの疑問が渦巻く中、幸之助氏は「日本の扉を開ける」と執念をみせ、松下の成長で判断の正しさを証明した。以降、他の企業や官公庁などで導入が進み、日本人の働き方の転換点となった。(藤原直樹)
米国流の能率に衝撃
幸之助氏は26年に初めて米国を視察。その繁栄ぶりを目の当たりにし、「日本の電機業界を発展させ、米国のような豊かな暮らしを実現するためには海外の先進技術や制度をいち早く導入しなければならない」と痛感した。
翌27年にはオランダ電機大手フィリップスとの技術提携に踏み切り、大阪府高槻市にブラウン管の最新鋭工場を建設するなど世界を視野に拡大路線を突き進んだ。そのころ、幸之助氏は「米国では週に2日休むにもかかわらず日本の10倍給料を払っている。それでも会社はもうけている。1人当たりの生産量が10倍だからだ」と、米国流の高賃金・高能率に影響を受けたことを明かしている。週休2日制導入の原点は米国視察にあったといえる。
フィリップスとの提携を軌道に乗せた幸之助氏は31年、5カ年の経営計画を発表する。当時単年の経営計画を策定する企業はあったが、中長期の計画は国内大手では初めてだった。