和歌山・高野山、壇上伽藍で空海の父母末裔が舎利会参列

 開創1200年記念大法会が開かれている高野町の高野山・壇上伽藍(だんじょうがらん)で1日、釈迦の遺骨を供養する「舎利会(しゃりえ)」が営まれ、弘法大師・空海の父母の末裔(まつえい)と伝えられる4家の当主が参列し、進行役の大任を務めた。

 4家の当主はかつて、高野山麓の慈尊院(九度山町)で寺領の年貢米の取り扱いなどを担う庄官を務め、「四庄官」と呼ばれた。空海が弘仁7(816)年に高野山を開いた際、空海の父方・佐伯氏と、母方・阿刀(あと)氏の血縁者が、空海の母とともに讃岐(香川県)から移り住んだとの伝承が残っている。

 4家のうち2家は、高野山麓を離れて廃絶したとされていたが、昭和59年の「弘法大師御入定(ごにゅうじょう)1150年御遠忌(ごおんき)大法会」にあたって、金剛峯寺(こんごうぶじ)の調査で所在が判明。このときの大法会で初めて顔をそろえた。

 今回の法会には、橋本市の亀岡靖和さん(73)の代理でおいの堀江豪(たかし)さん▽九度山町の岡勝行さん(63)▽京都府綾部市の田所卓さん(82)▽大阪府熊取町の高坊圭一さん(60)-が出仕。4人は黒い装束を身につけ、堂塔が立ち並ぶ伽藍を僧侶らとともに練り歩いた。金堂ではやや緊張した面持ちで「供花(くうげ)」「唄(ばい)」などと、所作の号令をかけていた。

 田所さんは「緊張して疲れました。立派な先祖をもち誇りに思う。この縁を大事にしていきたい」と話した。

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