サイゴン陥落40年(下)

幻想だった「人民の闘争」 古森義久 ワシントン駐在客員特派員

 第1は戦争の基本構図を「米国の侵略へのベトナム人民の闘争」と断じた誤認だった。現実には南ベトナム国民の大多数は米軍の支援を求め、米国に支えられた政権を受け入れていた。しかも米軍はサイゴン陥落の2年前に全面撤退し、その後は北と南と完全にベトナム人同士の戦いだった。米国はその間、南政府への軍事援助さえ大幅に削った。

 第2はこの戦争を民族独立闘争としかみず、他の支柱の共産主義革命をみないという誤認だった。この闘争はすべて共産主義を信奉する北のベトナム労働党(現共産党)が主導し、実行した。だが日本では「米軍と戦うのは南ベトナムのイデオロギーを越えた民族解放勢力で、北の軍隊は南に入っていない」という北側のプロパガンダを受け入れた。

 第3は「米国とその傀儡(かいらい)さえ撃退すれば戦後のベトナムはあらゆる政治勢力が共存する民族の解放や和解が実現する」という北側の政治宣伝を信じた誤認である。現実には戦後のベトナムは共産党の独裁支配となり、それになじまない南ベトナムの一般国民はその後、なんと20年にもわたり数百万が国外へ脱出した。

 しかしサイゴン陥落から40年、米国と国交を樹立してから20年の現在のベトナムは中国の脅威のためか米国の軍事支援を熱心に求めるにいたった。経済面でも米国式の市場経済を規範とする環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の中核メンバーとして対米協力に熱を注ぐ。米国の政策や価値観をすべて邪悪として「抗米救国」の闘争を進めた、あのベトナムからすれば現状は壮大な歴史の皮肉ともみえてくるのである。

【プロフィル】こもり・よしひさ

 慶応大卒。毎日新聞サイゴン特派員としてベトナム戦争を取材。産経新聞でロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長など歴任。現在、麗澤大学特別教授も務める。

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