サイゴン陥落40年(下)

幻想だった「人民の闘争」 古森義久 ワシントン駐在客員特派員

 私は自分で車を運転して市内の中心部を走り回った。ミン将軍の声明から1時間半余、雨があがったころ、市民の間から「うっ」といううめきのような声が出た。北軍部隊が疾風のように市内へと突入してきたのだ。ソ連製の戦車や中国製の装甲車を先頭に精鋭の入城だった。長年の闘争に勝利した将兵たちの表情は歓喜に満ちていた。南側の抵抗はもうなかった。

 北軍の最先鋒(せんぽう)はT54大型戦車でサイゴン中心部の大統領官邸の鉄門をぶち破った。いかにも歴戦にみえる兵士たちが3階建ての官邸内へと走り入った。私はその1時間後には同じ建物内に入って、各階をくまなく観察できた。北軍将兵は外国報道陣には慎重に対応し、取材を阻まなかった。

 2階の一室に20人ほどの男たちが座っていた。無言でうつむき、こわばった表情だった。南ベトナム政府の閣僚だった。北軍の武装兵士が脇に立つ。降伏した政治家たちの拘束だった。勝者と敗者の対照を絵にしたような情景だった。

メディアの罪

 私はサイゴン陥落を中心とする4年に近いベトナム駐在で日本のメディアや識者の大多数が犯したベトナム戦争の本質への誤認をいやというほど知らされた。日本の国際情勢認識がいかに大きな錯誤へ走りうるかという痛烈な教訓だった。