【サイゴン陥落40年(下)】幻想だった「人民の闘争」 古森義久 ワシントン駐在客員特派員(1/3ページ) - 産経ニュース

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サイゴン陥落40年(下)

幻想だった「人民の闘争」 古森義久 ワシントン駐在客員特派員

1975年4月30日、南ベトナムの大統領官邸に突入した北ベトナム軍戦車と兵士(古森義久撮影)
1975年4月30日、南ベトナムの大統領官邸に突入した北ベトナム軍戦車と兵士(古森義久撮影)

 サイゴン陥落の記憶は昨日の出来事のように鮮烈である。南ベトナム(ベトナム共和国)という国家が崩壊し、世界を激動させたベトナム戦争が終わった日だった。いまはホーチミン市と名を変えた旧首都サイゴンでの4月30日の歴史の大動乱を目撃した記者として当時の体験を想起し、40年の流れを経てのいまの現実を直視するとき、身を切られるような教訓とあぜんとするような歴史の皮肉を痛感させられる。

ソ連製の戦車

 1975年のその日、サイゴンは朝から陰気な雨だった。市内は混乱の極だった。北ベトナム(ベトナム民主共和国)人民軍の大部隊が肉薄していることをだれもが知っていた。南ベトナム軍のわずかに残った防衛線も破られ、空港も砲撃で破壊されていた。市民の大多数が恐怖に逃げまどい、水上からの国外脱出を図っていた。「サイゴンを第二のスターリングラードとして死守する」と豪語していた南軍の将軍連の多くもすでに国外へ去っていた。

 午前10時すぎ、ラジオから重苦しい声が流れた。

 「ベトナム共和国軍はすべての戦闘を停止し~私たちはいま政府の実権移譲を討議するため革命政府代表との会見を待っている~」

 南ベトナム最後の大統領ズオン・バン・ミン将軍の事実上の降伏声明だった。だが北側の革命勢力は降伏を認めず、南の政権や国家自体を粉砕したのだった。