【北海道検索中】漱石の本籍地、岩内町を歩く…ただし文豪本人は一度も道内を訪れず(1/2ページ) - 産経ニュース

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漱石の本籍地、岩内町を歩く…ただし文豪本人は一度も道内を訪れず

【北海道検索中】漱石の本籍地、岩内町を歩く…ただし文豪本人は一度も道内を訪れず
【北海道検索中】漱石の本籍地、岩内町を歩く…ただし文豪本人は一度も道内を訪れず
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 作家、夏目漱石は一度も北海道を訪れたことがない。それでもゆかりの地がある。それは漱石が本籍を北海道に置いたことがあるからだ。

 北海道の南西部に位置し、日本海に面した岩内(いわない)町が漱石が本籍を移した場所だ。札幌から高速バスで2時間半。4月上旬、小樽、余市と、まだ雪が残っている風景を窓越しに見ながら、岩内町に着く。終点のバスターミナルを降りると、すぐそこが港だ。

 あまり人は歩いていない。バスターミナルから、町の中心街らしいところを歩く。少し寂しいが、商店が連なっている。そこから100メートルほど港の方に行くと、道路の角に碑が建っている。「夏目漱石立籍地記念碑」だ。

 碑の後ろには、漱石が明治25年4月からの22年間、25歳から47歳まで、本籍を東京・牛込からここに移したことが記されている。地番の浅岡仁三郎という人とは直接の知り合いではなかったという。

 一説には、当時、北海道には徴兵令が施行されていなかったことから、徴兵制を逃れるためだということもいわれているが、本人がその理由を書き残していないので、本当のところは分からない。なぜ、岩内なのかも分からない。

 岩内町は漱石の本籍だけでなく、他にも有名なものがある。

 第一に、日本のアスパラガス発祥の地である。岩内町出身の下田喜久三氏が、寒冷地でも育つアスパラの品種育成に成功した。大正11年だった。一般農家にも栽培を奨励。アスパラガスの缶詰の生産にも乗りだした。つまりアスパラガス産業の発祥地でもある。

 もうひとつが野生ホップ発見の地。開拓使のお雇い技師、トーマス・アンチセル氏が明治4年に、ここで野生のホップを発見したのがきっかけとなって、同9年に札幌麦酒醸造所で、北海道で初めてのビールが作られることになった。そうしたことを記した碑がある。