【歴史の交差点】イランがつついた蜂の巣 明治大特任教授・山内昌之(1/3ページ) - 産経ニュース

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歴史の交差点

イランがつついた蜂の巣 明治大特任教授・山内昌之

 国を追われたイエメン大統領ハディや彼を受け入れたサウジアラビアは、その政権が「フーシ集団」なるシーア派の一派(ザイド派)に倒された背景にイランの影を見いだしている。

 イランの革命防衛隊は、シリアやイラクの「イスラム国」との戦いに加えて、イエメンでも事実上の主役を演じている。革命防衛隊の宗教コミサール(指導員)のアヤトラ・アリ・サエディは、「イエメンの人民もイスラムの栄光を求めて、イラク、シリア、レバノンでの共闘に参加した」と述べた。

 サウジアラビアがイエメン内戦に軍事干渉を決意したのは、イランがアラビア半島の政治力学におけるレッドラインを越えたからだ。それは、イエメンのあるアラビア半島の南西部こそ、サウジアラビア王国にとって地政学と安全保障の両面でアキレス腱(けん)だからである。イランの介入を認めると、ラテン語で「幸福のアラビア」とうたわれた地域がまるで「幸福のペルシャ」にもなりかねない。