歴史戦 第10部・終わらぬプロパガンダ(3)

日本兵証言掲載に「反動!」 取材拒む「南京記念館」 過去には日本人記者が参観者から殴る蹴るの暴行被害も

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 こうした残忍な写真の連続で参観者の感情に訴えた後、昭和12(1937)年当時、南京に在住していた欧米人らが急(きゅう)遽(きょ)設置した「南京安全区国際委員会」を紹介する大きなスペースが広がる。

 難民収容所で9千人あまりの中国人女性や子供を保護したという米国人女性宣教師ボートリンが、日本軍に立ち向かっている姿の銅像には「母親の鳥が小鳥やヒヨコを守ろうと羽を広げた」と説明がつけられている。米国人牧師や独大手企業シーメンス駐在員らの銅像も並ぶ。

 欧米人が一致団結して日本軍から「安全区」で救った中国人の数は20万人にものぼったとしている。あえてドイツも加えることで、非難の矛先を日本にのみ向けているのかもしれない。

 「南京大虐殺記念館」とは別に、南京市内には「南京抗日航空烈士記念館」もある。そこには慰霊碑があり、「抗日戦時に蘇(ソ連)、美(米国)、韓(韓国)などの国の多数のパイロットや高射砲兵らが、中国空軍とともに空からも侵略した日本と戦って犠牲になった」と説明してある。当時、存在しなかった「韓国」を加えるなど、中韓連携をアピールするねらいも透けて見える。

 「南京大虐殺記念館」の展示に戻るが、安全区の先に、日本で聞き取り調査を行ったという「南京加害者の元日本軍兵士の告白」コーナーがあり、さらに「史学研究」を行った功労者として、サングラスをかけた元朝日新聞記者、本多勝一の写真も登場する。

 「日本人自らがすべてを認めた南京事件」との強い印象を参観者に与え、中国側の主張にわずかでも異論を唱える相手はみな「右翼」と決めつける構図に仕立て上げている。

(敬称略)