歴史のささやき

マルクス史観が覆い隠した維新 志學館大教授・原口泉氏

【歴史のささやき】マルクス史観が覆い隠した維新 志學館大教授・原口泉氏
【歴史のささやき】マルクス史観が覆い隠した維新 志學館大教授・原口泉氏
その他の写真を見る (1/2枚)

 私がアメリカ中西部のネブラスカ州立大付属ハイスクールを卒業したのは、1965年5月でした。ジョンソン大統領がベトナム北爆を開始して3カ月後のことです。ベトナム戦争はその後10年間続き、1975年4月のサイゴン陥落によって終わりました。

 まだ黒人に公民権がなく、キング牧師が公民権運動とベトナム反戦運動を展開していたアメリカです。そのキング牧師が1968年4月暗殺されたのを知ったのは、東京で学生生活を送っている時でした。

 私が進学したのは東京大文学部「国史」学科。国史という学科名は旧帝国大学系で使っていました。高校まで「日本史」になじんでいたので疑問を感じました。その疑問も、大学院の国史学専攻課程に進み、歴史学の精緻な分析に没頭するうちに消えていました。

 「出版ニュース」(2015年2月上旬号)の巻頭言を見て、このかつての疑問を思い出しました。そこにはこうありました。

 --「国史」という言い方には、相手が意識されていないという風に思えます。一方、「日本史」と言ったら、「世界史」が伴うように思えます。それは「言葉」の意味に違いがあるのではなく、言葉が使われた時代や状況が付帯しているようです。黄門様の「大日本史」も頼山陽の「日本外史」も維新の原動力です。維新は外国を意識した革命でしたね。--

 私にとって新鮮だったのは、傍点を付した部分です。つまり、維新は革命であり、「日本」という言葉はもともと外国を強く意識した表現であったということです。

 従来、明治維新を大きな社会変革と言いながら、革命とは言いません。なぜ、明治維新を革命と明言しないのでしょうか。それは戦後アカデミズムをマルクス主義史観が主導してきたことに関係があるのです。

 その史観とは、明治の日本は天皇制絶対主義政権(つまり封建制の到達点)と定義するものです。明治維新はフランス革命のようなブルジョア市民革命ではなく、王政復古により生まれた明治政権と明治憲法下の日本社会は、寄生地主制に見られるように半封建的な遅れた社会であると考えられていました。「西欧の近代社会の理念型からは、明治日本は遅れていた」ということです。

 この史観とは裏腹に、自由な史観が1960年代アメリカを中心とする学者から生まれたのは皮肉でした。ライシャワー、ホール、ジャンセン、ドーアなどが提唱した「近代化論」です。

 日本は、外圧(ウエスタン・インパクト)に直面してかえって西欧を学びつつ、独自に近代化を進めていったのであり、非西欧世界における数少ない成功例と評価されました。この近代化論はマルクス主義歴史学派からは強い批判にさらされましたが、日本経済の高度経済成長やソ連崩壊を経て、今や主流の見方になっています。

 この6月にドイツのボンで開催されるユネスコ会議で「明治日本の産業革命遺産」が世界文化遺産に認定されれば、いよいよ近代化論の見方のほうが正しかったことになるでしょう。

 「幕末から明治の初めにかけてさまざまな分野で進められた大きな変革を、明治維新といいます」と中学社会歴史の教科書(教育出版)にあります。私も共同執筆者ですが、諸改革の中で最も大きなものは廃藩置県です。約300の藩と200万人もの武士の特権が一日で消滅したのです。一挙に「四民平等」の社会が実現しました。

 もう一つの明治維新のスローガンは「万国対峙(たいじ)」です。日本の独立を守り、万国と肩を並べるための諸変革が始まりました。ほとんど「無血革命」と呼んでよいものです。この変革を進めた最大の功労者が西郷隆盛です。西郷は「慶応の功臣、明治の逆臣」と言われたように明治10年の西南戦争で倒れますが、西郷の評価は明治革命を推進したことに求めるべきです。西郷は戊辰戦争の直前、イギリスの外交官アーネスト・サトウに、われわれの目標は国民議会をつくることと明言しています。この点からも、明治維新は近代社会を目指した革命であったといえます。西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀(たてわき)、五代友厚ら薩摩の人物を通して明治維新を見つめ直すことを始めたいと思います。

                   ◇

【プロフィル】原口泉

 昭和22年鹿児島市生まれ。東京大大学院博士課程単位取得退学後、鹿児島大法文学部人文学科教員。平成10年から23年まで教授を務め、17~21年は同大生涯学習教育研究センター長を兼務した。23年4月に志學館大人間関係学部教授に就任、24年から鹿児島県立図書館長も務める。専門は薩摩藩の歴史で「龍馬を超えた男小松帯刀」(PHP文庫)など著書も多数。大河ドラマ「篤姫」や、9月から放送予定の「あさが来た」など歴史ドラマの時代考証も手掛ける。

会員限定記事会員サービス詳細