「和歌山・駿河屋の貴重な文化財守った」 博物館学芸員ら奮闘

 昨年の経営破綻から約10カ月ぶりに本店にのれんが掲げられた、和歌山市駿河町の老舗和菓子店「総本家駿河屋」。店内は色彩豊かな干菓子とともに、江戸時代の木型が並び、室町時代創業の伝統は経営体制が変わっても息づいている。同市立博物館で開催中の高野山開創記念展では、開創1100年に合わせて駿河屋が作った100年前の干菓子の木型も展示され、破綻騒動のなかでも資料は残った。「貴重な歴史遺産を散逸させるわけにはいかない」。資料保全に動いたのは、県内の学芸員たちだった。

 市立博物館が木型の調査に着手したきっかけは、昨年5月の旧駿河屋の破綻だった。不動産などが売却され所有者が変われば、木型が散逸する可能性も考えられた。「木型は城下町・和歌山や10代藩主・徳川治宝の文化を語る上でも重要。散逸すれば、江戸時代の歴史を語るものがなくなってしまう」。同館の高橋克伸学芸員らは危機感を募らせた。

 市教委などは旧駿河屋の資産を管理する破産管財人に連絡を取り、翌6月には木型などの調査のため学芸員らが工場に入った。不動産の売却に影響がないようにと、破産管財人が示した期限の中で裁判所などに提出する目録作りに着手した。高橋さんは「最初はどれだけあるのかも分からなかった」というなか、「地元の博物館としてプライドにかけても守るという意気込みだった」。

 県教委や県立博物館、県立紀伊風土記の丘、県立文書館の学芸員らの協力を得て、木型の大きさを測ったり撮影したりして、文化的価値を図りながら分類した。その間、県外の研究者からの激励も相次いだという。

 その後、工場に保管されていた資料は一時的に市立博物館に寄託された。資料は計2368点、段ボール約100箱分に上った。江戸時代の木型のほか、干菓子の色付けの参考にするための「絵手本」、戦後には松下電器(現・パナソニック)向けや和歌山市の市章、伊太祁曽神社の紋や警察署落成記念の木型まであり、近現代の和歌山とともに歩んだ駿河屋の歴史がうかがえた。

 現在、木型など江戸期の歴史的価値のある資料約500点は同館が管理し、それ以外は駿河屋のもとにある。「木型の保存も大切だが、技術の伝承も不可欠」と高橋さん。干菓子作りなど必要な時には店側に貸し出すことも考えている。

 「私たちは目の前の木型でどんな干菓子が作られたのか分からない。でも職人さんたちは分かるでしょう」。破綻問題を機に培った信頼関係をもとに、文化財と地元企業との共生が期待される。

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