法廷から

「麻原からお前の弁護人を殺せと言われたらどうする」と弁護人に問われ、30秒押し黙ったオウム「高橋克也被告」の今も帰依

元オウム真理教信者の高橋克也被告の論告求刑公判終了後、記者会見する(左から)浅川一雄さん、高橋シズヱさん、仮谷実さん=3月31日、東京・霞が関の司法記者クラブ(早坂洋祐撮影)
元オウム真理教信者の高橋克也被告の論告求刑公判終了後、記者会見する(左から)浅川一雄さん、高橋シズヱさん、仮谷実さん=3月31日、東京・霞が関の司法記者クラブ(早坂洋祐撮影)

 元オウム真理教信者の高橋克也被告(56)の2カ月半にわたる裁判員裁判が4月1日に結審した。地下鉄サリン事件など4事件で殺人罪などに問われ、検察側は無期懲役を求刑したのに対し、弁護側は全ての事件で起訴内容を争う。公判では高橋被告は事件について、「覚えていない」などと曖昧な発言に終始。一方で、生い立ちや教団への入信経緯、約17年に及ぶ逃亡生活などについては雄弁に語った。しかし、被害者や遺族への謝罪の言葉は口にしなかった。30日の判決を前に、被告が法廷で証言した内容からその人物像に迫った。(太田明広)

進学先をめぐり実兄に不満抱える

 「外で遊んだりするのが好きな一方で、自分1人で静かに本を読んだりするのも好きだった」と少年時代を振り返った高橋被告。横浜市で生まれ育ち、近くの公立小学校に通った。「成績は真ん中ぐらいで、理科や美術が好きだった」という。

 中学では柔道部に入部。「大会ではそんなに勝てなかった」と振り返ったが、大人になってからは2段まで取った。検察側の論告によると、平成7年2月の目黒公証役場事務長監禁致死事件で拉致の実行役に指名されたのは、柔道2段の腕前を買われたからだという。

 「高等専門学校に行った方がいい」と4歳上の兄から強く進められ、5年制の高専に入学を決め、電子工学を学んだ。そんな兄は大学付属の小中学校などを経て一浪して九州の国立大学に進学。「悪く解釈すれば兄はいずれ学費が必要になるので、弟の自分に20歳で卒業できる学校を薦めたのでないか」と不満を述べた。

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