湯浅博の世界読解

米議会演説、歴史をつくる機会に

安倍晋三首相が4月下旬に米国を訪問し、日本の首相として初めて上下両院合同会議で演説する。オバマ大統領からの招聘(しょうへい)は国賓待遇の公式訪問であり、首相の米議会演説としては、下院で行った池田勇人首相以来、54年ぶりである。

池田首相が訪米した1961年は、冷戦下で地下核実験停止の米ソ交渉が失敗し、東西対立の厳しさが増していた。日本国内でも、安倍首相の祖父、岸信介首相が60年日米安保条約の改定を成し遂げたものの、強行採決が災いして退陣に追い込まれた直後であった。

前政権が岸を「これ以上望めない政治家」と評価していただけに、ケネディ政権は後継の池田首相との関係を良好に保つ必要があった。対ソ戦略のうえから日本が中立化することを恐れ、日本を西側の一員に組み込まねばならないからだ。

同行した宮沢喜一氏の著書「戦後政治の証言」などによると、ケネディ大統領は池田首相に「秋までにベルリンで大きな危機が起こる」と述べていた。その1カ月後、東西ベルリンの境界を分ける壁が築かれた。緊迫の時代だからこそ、池田首相に米下院で演説の機会が与えられたのである。