【秘録金正日(19)】「米帝打倒」「統一は目前」級友あおった高校時代 ロシア語が全くダメだった「金ユーラ」(1/5ページ) - 産経ニュース

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秘録金正日(19)

「米帝打倒」「統一は目前」級友あおった高校時代 ロシア語が全くダメだった「金ユーラ」

 高校1年まで金正日(キム・ジョンイル)は平壌第1高等中学校(高校)に通い、1958年9月、平壌市内の南山(ナムサン)高等中学校2年に転入した。南山中は朝鮮労働党中央の部長や国務大臣クラス以上の幹部の子女が通う学校だった。

 「不世出の天才」。北朝鮮はいまも正日をこうたたえるが、高校時代は意外にロシア語科目に苦しんだ。旧ソ連極東で出生し、平壌に戻ってからも、ソ連時代の友達とはロシア語で遊んでいたにもかかわらずだ。

 生活面では放置しているに等しい父、金日成(イルソン)だったが、教育面では非常に熱心だったと伝えられる。首相の長男であることを鼻にかけ、教師を見くびることを警戒し、わざわざ正日の担任を官邸に呼び、丁重に接する姿を息子に見せつけたこともあったという。

 教育のためと称して、外遊に同行させもした。57年、高1の正日は、モスクワでの「ロシア10月革命40周年」記念行事に参加し、59年、高3のときにもモスクワを訪問する。

 訪露がきっかけだったのか、息子のロシア語の成績がよくないことに気付いた日成は、ロシア語教授法で有名な平壌師範大学=後の金亨稷(ヒョンジク)師範大=の金賢植(ヒョンシク)教授に正日の学習の「検閲」を命じた。92年に韓国に亡命した金教授によると、日成は「息子は(ロシア語)単語の変化が得意だ」と自慢しつつも、「文法はできるが、会話は全くだめだ」と漏らしたという。