渡部裕明の奇人礼讃

大久保彦左衛門(上)庶民のヒーローは虚像…徳川武将が自ら執筆「三河物語」 主従関係理想描く

 兵農分離が行われる以前の武士は、多くがこのようだった。とはいえ、広忠は小領主の悲哀を正直に吐露し、家臣を責めなかった。家臣たちも農作業をする姿を恥じてはいたが、それもよき奉公のための苦労として耐えていたのである。主君と家臣の、理想的なあり方がそこにはある。

 徳川家における三河時代からの譜代とは、こういう特殊な主従関係で結ばれていたと、彦左衛門は強調したかったに違いない。しかしそれは、やがて「徳川の世」が実現したことによって、関係自体が大きく変質してゆく。そうした「不気味な序曲」でもあったのだ。   =(下)に続く

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