キラリ甲信越

長野・王滝村の家高里永子さん

 ■若女将と準ミス日本酒、2つの「顔」で活躍

 旅館の若女将(おかみ)と準ミス日本酒-。御嶽山の麓、王滝村の家高里永子(りえこ)さん(26)は二足のわらじを履いて忙しい毎日を送る。昨年9月27日に発生し、多くの犠牲者を出した噴火災害からきょうで半年。「たくさんの人に今の王滝村を見てほしい」。家高さんは前を向きながら、観光客の減少や風評被害に苦しむ地元を元気づけようと奮闘を続けている。(三宅真太郎)

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 「王滝村は1歩ずつですが前に進んでいます。ただ、噴火前に比べたらまだまだ静かです。早く以前のような活気を取り戻したい」

 家高さんは、御嶽山の3合目にある100年以上続く老舗旅館の若女将。この半年間、観光への打撃や風評被害に苦しむ中もがいてきた地元の1人だ。

 ミス日本酒コンテストの県大会には知人の勧めでエントリー。コンテストに向けたセミナーが始まった頃、御嶽山が噴火した。「信じられなかった。噴火するなんて想像もしなかった」という。

 初めて御嶽山に登ったのは中学生の頃の遠足。その後も地元の人たちと登山道の整備をするために何度も登り、最後に山頂に立ったのは噴火の20日前だった。

 噴火から数日、大きな被害が明らかになる中、家高さんは長野市内で行われるセミナーに参加するため、車で長野市まで通っていたが、すれ違うのは救助車両ばかりだった。実家の旅館では毎日のようにキャンセルの電話が鳴り続け、噴火後に宿泊を取りやめた人は延べ千人にも上ったという。次第に「地元が大変なのにいいんだろうか」と出場を迷い始めた。

 しかし、両親や姉が「ここまでやってきたんだから出なきゃだめ」と背中を押してくれた。そして10月3日の県大会で見事、代表に選ばれた。「ここまで来たらグランプリを取る」と決意し、日本酒に関する知識を身に付けようと酒蔵を見学するなど努力を重ね、11月27日の日本大会に臨んだ。結果は準グランプリ。ただ、悔し涙を流していたときに大会関係者からこう声をかけられた。

 「グランプリを取ると世界を舞台に活動することになる。国内を舞台に活動する準グランプリになった君は、御嶽山の神に選ばれたんだよ」。その言葉に感銘を受けた家高さんは、王滝村、そして県のために努力しようと誓った。

 以来、木曽地域の「顔」として木曽警察署の一日署長を務めたり、北陸新幹線開業イベントに参加したりと多忙な日々を送っている。先月末には御嶽山噴火の影響で開業を見合わせていた王滝村のスキー場「おんたけ2240」のオープニングイベントにも参加し、「やっとここまでこぎつけた」と実感した。

 一方、若女将としては、料理の準備や掃除などの業務に加え、中型マイクロバスで山道を運転して宿泊客を送迎。昨年夏にはカヌーのインストラクターの資格を取得し、ダムや川でガイドツアーを始めた。冬には小さい頃からおんたけ2240で滑って鍛えた腕前を生かし、スキーのインストラクターも務める。

 南木曽(なぎそ)の土石流や御嶽山の噴火、県北部で震度6弱を観測した地震-。「度重なる自然災害に見舞われた県を元気づけるのが使命」と家高さん。「日本酒はもちろん、王滝村や県の魅力を発信して、来てくれたお客さんを精いっぱいもてなしたい。私にはその両方ができるんです」と力強く語った。

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【プロフィル】家高里永子

 昭和63年生まれ。王滝村出身。王滝中から東海大三高に進学。東海大短期大学部食物栄養学科で学び、栄養士の資格を取得。松本市の旅館で1年半、ゴルフ場のキャディーとして半年働いた後、実家の旅館の若女将になった。3人姉妹の次女で両親と3人で暮らす。

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