戦後70年

邑楽・清岩寺で日米合同追悼式 平和への思い新た

 太平洋戦争末期、高島村(現・邑楽町)に墜落した米軍のB29爆撃機の乗組員を弔う日米合同追悼式が21日、慰霊碑のある同町秋妻の清岩寺(木崎伸雄住職)で開かれた。追悼式では、栃木県足利市に墜落して死亡した米兵3人の鎮魂碑を除幕。ケネディ元米大統領のおいのマクスウェル・ケネディ氏(50)も駆けつけた。参列者は戦後70年を迎え、平和への思いを新たにした。

 追悼式には地元住民のほか米軍横田基地(東京都福生市など)の兵士ら約300人が参加した。慰霊碑は昭和20年2月10日、太田市にあった中島飛行機太田製作所を狙い飛来した米軍爆撃機「B29」2機が上空で接触。高島村に墜落し、乗組員23人全員が死亡した。乗組員を弔うため、地元住民らが現場近くの清岩寺に慰霊碑を建立。平成25年3月に初の日米合同の追悼式を開いた。

 2年ぶり2回目の開催となる今年は、慰霊碑の隣に「グラマン搭乗員鎮魂碑」を建立。昭和20年2月16日、空母バンカーヒルを発進して飛来したグラマンが太田上空で高射砲に撃たれ、清岩寺近くで、現在の足利市田中町に墜落。乗組員3人が死亡した。

 式では、ケネディ氏による乗組員3人の名前が刻まれた鎮魂碑の除幕や国旗掲揚、国歌演奏が行われたのち、日米両国の代表者らがあいさつ。キリスト教の式典と仏式法要が営まれた。

 22歳のときに特攻隊としてバンカーヒルに零戦で突入した小川清少佐を大叔父に持つ小川陽子さん(55)=高崎市八幡町=は、「追悼式に出席させていただき、ありがたく、感謝の気持ちでいっぱい。戦争の悲惨さを改めて感じている。鎮魂碑はバンカーヒルの乗組員。大叔父はバンカーヒルに突入した。縁を感じます」と話した。

 また、ケネディ氏は「私が今まで参加した合同追悼式の中で、最も心に響くものであった。合同追悼式は憎しみや恨みを越えた結晶だ。70年前に亡くなった兵士に合同での追悼式を伝えたらきっと驚くだろう」とし、横田基地第374空輸航空団司令官のダグラス・デラマター大佐(44)は「追悼式は日本と米国の2国間のつながりの象徴であると感じた」と語った。

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