話の肖像画

生命倫理研究者・ぬで島次郎(5)「学者」ではなく「研究者」

 最後に私の肩書。生命倫理学者ではなく、生命倫理研究者です。学者という言い方にはすごく抵抗感がある。なぜなら私の仕事は調査と研究を重ねて政策を提言することだからです。政策といってもそんなに難しいものではなく、ルールと仕組みのあり方を考える。非常に俗っぽく、コンサルティングみたいなものです。

 研究者の生活? 東大の学部時代は両親といっしょに生活していました。大学院から親からの金銭的支援はなく、育英会の奨学金と家庭教師のアルバイト収入だけで生活していた。最初は家賃3万3千円ほどの6畳一間の風呂もトイレもないアパートに下宿していた。そこは手塚治虫ら漫画家が集まって住んでいたことで有名なトキワ荘(東京都豊島区)の近くでした。冷蔵庫の中はいつも空っぽで、おなかがすいて目を覚ますこともあった。大学院修了後2年間、日本学術振興会の資金で研究を続けました。

 1990(平成2)年12月に大学院時代から出入りしていた三菱化成(現・三菱化学)の生命科学研究所に就職して生まれて初めて毎月一定額の給与をもらうようになりました。この三菱化成には20年間在籍していた。研究の意義を認められずにつらいこともあったけど、研究が好きだからここまでやってこられたと思う。欧米に比べ、日本は足りないことが多いので少しでも良くなるように研究を続けていきたい。(聞き手 木村良一)

=次回は山形弁研究家のダニエル・カールさん

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