戦後70年〜大空襲(1)

米軍元パイロットが見た空襲「マッチのように燃え広がり…」 「運命の出会い」で憎悪はやがて友情に

【戦後70年〜大空襲(1)】米軍元パイロットが見た空襲「マッチのように燃え広がり…」 「運命の出会い」で憎悪はやがて友情に
【戦後70年〜大空襲(1)】米軍元パイロットが見た空襲「マッチのように燃え広がり…」 「運命の出会い」で憎悪はやがて友情に
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 小さなオレンジ色の炎が見えた。まるで火のついたマッチ棒を落としたようだった。地上に落ちた炎は所々で光り、次第に大きく広がり、火の海となった。

 上空に立ちこめた灰色の煙はだんだんと真っ黒になり、地上の様子は見えなくなった。コックピット内にも煙が漏れ入ってきた。何とも言えぬ、ひどい臭いだった-。

 これは、元米陸軍第78戦闘機飛行中隊の戦闘機P51マスタングのパイロット、ジェリー・イエリン(91)=アイオワ州在住=が、高度2万2千フィート(6706メートル)から見下ろした東京空襲の光景だ。今も脳裏に焼き付いているという。

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 昭和20(1945)年3月9日午後7時すぎ(現地時間)。「超空の要塞」といわれた米軍のB29爆撃機325機が、グアムやサイパンなどマリアナ諸島の飛行場を次々に飛び立った。

 目標は2300キロ先の首都・東京。10日午前0時8分、先導のB29が爆弾庫の扉を開け、6・6トンの焼夷弾をバラバラと投下した。

 空襲は2時間あまり続いた。投下された焼夷弾は約1600トン。地上は地獄絵図となり、死者は推計10万人超、被災家屋は26万超、罹災者は100万人を超えた。

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