東日本歴史事件簿

砂風呂おはる殺人事件(下)「裁判は公明正大。喜んで服罪します」拷問冤罪暴いた「真犯人」は満足げに絞首台へ向かった

 大正4(1915)年4月、東京・大井町で起きた砂風呂「浜の家」経営者の娘、田中はる(26)殺人事件。警察の取り調べでいったんは、はると密通していたことのある小守壮輔容疑者(35)が自白したものの、翌5年4月、真犯人と名乗る人物が現れて状況は一変、警察による冤罪(えんざい)が取り沙汰される事態となった。

強盗しながら日本列島を縦断

 「自分は真犯人」と名乗り出た石井藤吉被告(43)=東京・入谷=は、大正4年6月18日に横浜市程ケ谷(保土ケ谷)町で著述家(31)と小学校教師(22)の夫妻が殺害された事件だけでなく、連れの関口助六被告(50)と日本列島を強盗しながら移動してきた凶悪犯だった。

 5年5月19日の公判における陳述で、石井、関口両被告は、1月に讃岐の金刀比羅宮にお礼参りをしてから罰当たりにも、立ち寄った各地で犯罪を繰り返しながら東京に戻ってきた。小守氏が容疑者となったことも知っていたが、いずれ出獄するだろうと気に掛けなかった。

 ところが、昨年暮れにとうとう逮捕されたが、小守がまだ入獄していると聞いて初めて目が覚めた。普通は、自分が悪くても刑事や検察を恨むもの。まして無実にもかかわらず被告となった小守の気持ちや妻、親類のことを考えると、いても立ってもいられなくなった。刑事にこの事件を話したが、まったく取り上げてくれない。

 そこで、いずれ公判になったときにと、一つの有力な証拠を隠しておいたと前振りをしたうえで、昨年、京都府警松原署に勾留された際に刑事たちに見せた絵は、被害者はるががま口のなかに持っていたものだという陳述を始めたのだ。

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