Faceちば人物記

日本航空成田空港支店長・屋敷和子さん

 ■「老舗ならではのサービスを」

 「成田空港は国際線の老舗。老舗ならではの満足度の高いサービスを提供する女将(おかみ)のような存在になりたい」。日本航空成田空港支店長に着任して間もなく1年を迎える屋敷和子さん(57)は思いを語る。開港時からグラウンドスタッフ(地上係員)を長年務め、成田空港の現場を誰よりも知るたたき上げだ。10年ぶりに戻った古巣で、「日本一のサービスレベルを目指したい」と情熱を燃やす。

 本埜村(現印西市)出身。中学時代、テレビドラマ「アテンションプリーズ」を見て客室乗務員になりたいと思った。地元の成田高校に進み、先生から「卒業生に日航の地上職になった人がいる」と聞いてグラウンドスタッフの仕事を初めて知り、憧れるようになった。

 昭和53年に入社し、この年に開港した成田空港に配属。26年間務めた成田空港の現場を離れた後、管理職として神戸空港所長や社員の教育訓練など担当した。

 前任地の千歳空港では、貴重な経験を積んだ。

 航空機が定刻に出発し、定刻に到着する「定時性」の高さは、日航が世界に誇る品質の一つだ。しかし、冬場の千歳は雪の影響で定時運航が難しい。こうした厳しい条件の中、「社内で定時性ナンバーワンの空港になろう」と目標を掲げて取り組んだ。その結果、支店長として在籍した3年間のうち、1年は国内線の主要空港の中で1位になった。

 「リーダーが強い意志を持って目標に向かい、熱い気持ちを語っていけば実現できるんだと、そのときに思いましたね」

 一方、成田はアジア-北米間の乗り継ぎなどで夕方の時間帯に混雑が集中するため、定時性で1位を目指すのは難しい。そこで目標にしたのは「サービス面で一番になること」。混雑時は限られた時間の中で、いかに満足度の高いサービスを提供できるか。臨機応変な対応とスピードが要求される現場で、スタッフの知識の底上げと意識の向上を進めている。

 平成22年の経営破綻は、社員の意識を大きく変えた。ただ、ここ数年の新入社員は、破綻時の状況を知らない。当時を経験した社員との温度差が生じているのも事実だ。

 「どん底を味わったこと。つらいときにお客さまからいただいた励ましの言葉。再生させていただいたことに心の底からありがたいと思える感謝の気持ち。そして、お客さまに対する『ありがとうございます』という言葉の重み。これは勉強しても得られるものではありません」

 その温度差を埋めていくことが課題であり、「伝えていかなければならないこと」だと訴える。

 格安航空会社(LCC)の相次ぐ乗り入れや、羽田などとの空港間競争、2020年の東京五輪といった成田空港を取り巻く変化の中で、「成田を盛り上げたい」との思いは人一倍強い。

 「老舗の店の味が『昔から変わらない』と言われるためには、実はその時代に合った味に少しずつ変えているといいます。私たちも改革、革新をしていきながら、『JALは変わらない』と喜ばれる最高のサービスを提供するため、老舗の女将になった気持ちで成田から進めていきたいですね」(城之内和義)

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【プロフィル】屋敷和子

 やしき・かずこ 本埜村(現印西市)出身。成田高校、大妻女子短大英文科を卒業。昭和53年、日本航空入社、成田空港支店旅客第2課に配属。航空運営企画部マネジャー、神戸支店神戸空港所長、千歳空港支店長など経て、平成26年4月から成田空港支店長。

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