【戦後70年】「亡くした戦友、片時も忘れぬ」 語り継ぐ使命感、元特攻隊員は封印した口を開いた 「ようやく…。悔いはありません」(1/3ページ) - 産経ニュース

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戦後70年

「亡くした戦友、片時も忘れぬ」 語り継ぐ使命感、元特攻隊員は封印した口を開いた 「ようやく…。悔いはありません」

【戦後70年】「亡くした戦友、片時も忘れぬ」 語り継ぐ使命感、元特攻隊員は封印した口を開いた 「ようやく…。悔いはありません」
【戦後70年】「亡くした戦友、片時も忘れぬ」 語り継ぐ使命感、元特攻隊員は封印した口を開いた 「ようやく…。悔いはありません」
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 特攻隊員として出撃した福岡県豊前市の末吉初男氏(87)が14日、同県筑前町のめくばーる町民ホールで講演し、「亡くした戦友は片時も忘れたことはない。自分だけ生き残り、申し訳ない気持ちでいっぱい」と胸中を語った。末吉氏が戦争体験を語るのは初めて。戦後70年を迎え、語り継がなければならないという使命感から、重い口を開いた。(大森貴弘)

厳しい訓練受け特攻隊に

 講演会は町立大刀洗平和記念館が、戦後70年企画として末吉氏を説得して実現。県内各地から約300人が集まった。

 末吉氏は福岡県岩屋村(現豊前市)に生まれ、門司市(現北九州市)の荷役会社で働きながら、夜は旧制門司中学の定時制に通っていた。戦争が激しさを増す中、陸軍少年飛行兵に応募し、昭和18年10月に大刀洗陸軍飛行学校に入校した。

 厳しい訓練の後、19年に台湾の部隊に配属され、20年4月、特攻隊「誠第121飛行隊」として沖縄近海に出撃を命じられた。97式戦闘機4機編隊で飛行中、隊長機にエンジントラブルが発生、全機が石垣島への不時着を余儀なくされた。