南朝方天皇の末裔・自天王の遺徳しのぶ 奈良

 南北朝の統一後、南朝方の天皇の末裔(まつえい)として、吉野の山中で南朝の再建を目指した自天王(じてんのう)の遺徳をしのび霊を慰めようと、川上村の金剛寺で5日、「朝拝(ちょうはい)式」が行われた。

 自天王は、南朝最後の天皇である後亀山天皇の末裔。天皇が三種の神器を北朝に渡した後、北朝と南朝で交互に即位するという約束が守られなかったため、天皇の子孫らは吉野に逃れ、南朝の再建を目指して活動。自天王は、現在の川上村や上北山村で家臣や地元住民に守られて再起の機会をうかがっていたが、長禄元(1457)年に暗殺され、川上村の郷士たちは暗殺者を追いかけて遺体を取り返し、金剛寺にほうむったと伝えられている。

 郷士たちは長禄3(1459)年から、毎年2月5日に自天王の遺品のかぶとやよろいに拝礼して霊を慰めるようになり、今も郷士の子孫らによって受け継がれている。

 この日は、住民らが金剛寺境内にある「自天親王神社」に参拝、野菜や酒などを供えた。その後、口に榊の葉をくわえて1人ずつ遺品の武具を拝観し、自天王の墓にも参拝した。

 大和高田市の自営業、真中照美さん(61)は「住民の手で500年以上もよろいやかぶと、儀式が守られてきたことに感動した」と話していた。

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