金日成(キム・イルソン)は死の直前、衝撃的な事実に相次いで直面した。中部の妙香山(ミョヒャンサン)で経済部門責任者協議会を主催中の1994年7月6日午後、幹部ら20人余りを引き連れ、ほど近い咸鏡南道(ハムギョンナムド)咸州(ハムジュ)郡一帯の農場を視察した。ここで金日成は、生涯初めて住民から不満の声を直接、聞くことになる。
金日成死去直後、国営の平壌放送は、そのときの様子を次のように報じた。
《現地指導に来られた首領様(金日成)に(住民が)食糧事情が悪いという話をした後、「恥ずかしいことですが…」と述べたところ、首領様は「そういう話をするのが、どうして悪いのか。あなたは正しい政策を立てるのに大事な役割を果たした」と褒めてくださった》
国営メディアが悪化した食糧事情を公式に取り上げたのは初めてのことだ。
それまで、金日成が地方を視察する際は、視察先の民家の米びつを事前に満たしておき、金日成が帰るとすぐその米を回収する偽装が行われてきた。今回、金正日(ジョンイル)の目の届かない抜き打ち視察だったため、「真実」を目の当たりにすることになったのだろう。
政権内の寄る辺なく
7月7日午前の会議の席上、金日成は「エネルギーを確保するため、主席府の予備資金を使うように」と指示する。それに対して、経理部の幹部が「主席府の財政状況もあまりよくありません」と返答した。