後藤さん殺害映像 宮城県内にも衝撃「絶望的な気持ちに」

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」を名乗るグループの人質となり、殺害されたとみられる映像が公開された1日、仙台市出身のジャーナリスト、後藤健二さん(47)の帰国を信じていた県内の関係者は悲報に接し、沈痛な面持ちを浮かべた。

 後藤さんの知人で、復興庁の復興支援専門員として女川町役場に勤務する友田昌秀(あきひで)さん(46)は午前6時前、テレビの報道で後藤さんが殺害されたとする動画の存在を知った。「そのときはびっくりして信じられない気持ちだったが、時間がたつにつれ受け入れるようになり、絶望的な気持ちになった。とても残念」と語った。

 後藤さんとの出会いは、イラク戦争が始まった平成15年。友田さんがイラクとヨルダンの国境付近でNGOの一員として難民支援活動をしていた際、現地で取材していた後藤さんと知り合った。当時の印象は「一匹おおかみで格好良く、自分の哲学とスタイルを崩さない人」だったという。

 現地ではお互いどの地帯が安全かなどの情報交換をしていたといい、「ジャーナリストは自分の安全が確保され、生きて帰ることができて初めて人に伝えるという役割が果たせる。それだけに無理をしない慎重で冷静な人で、なぜ捕まったのか信じられなかった」と首をかしげる。一方で、後藤さんがイスラム国支配地域に入る前に「何が起こっても責任は私自身にある」と話す動画を残していたことに触れ、今回の渡航を「今までとは違う目的や覚悟があったのかもしれない」と推察した。

 行方不明だった後藤さんの映像が最初に公開されたのは1月20日。友田さんは「一時、後藤さんが解放されたという情報が出たこともあり、帰国したら十数年ぶりに会いに行こうと思っていた。なぜ行ったのかなど聞きたいことがたくさんあった」とうなだれた。

 過去に県内で後藤さんの講演会を主催した仙台市の団体職員、五十嵐栄子さん(61)は「最悪の結果になった。もう会えないと思うと本当に悲しい」とショックを隠せない。悲報は午前6時前に、報道陣からの連絡で知った。テレビで速報が流れているのを見て、驚きのあまり事態がのみ込めなかったという。

 後藤さんとは昨年12月にシリアについて講演してもらう約束があったが、今回の事件で中止となっていた。五十嵐さんは「無事に解放されるものと信じ切っていた。後藤さんは世界中で厳しい立場にある人の話を取材して話をしてくれたが、もう聞くことができないと思うと残念でならない」と突然の別れに言葉を詰まらせた。

会員限定記事会員サービス詳細