正論

「表現の自由」に潜む言論の劣化 社会学者、関西大学東京センター長・竹内洋

 清水は、福田恆存や丸山眞男と並んで戦後を代表する思想家だったが、戦前から多くの論説を新聞雑誌に発表してきた。その経験から清水はこう言っている。

 人類の歴史のほとんどが言論(表現)の自由がなかった検閲の時代だった。著述家と検閲官は別れることができない仲の悪い夫婦みたいなものだった。だからこそ著述家は、憎い配偶者相手になんとか自分の文章(表現)が陽の目をみるように表現技術を磨いてきた。憎い配偶者の顔を立てながらも、それとは食い違う考えをできるだけ弱い言葉で挟んだ。

 強い言葉は「読者の心に入る前に爆発してしまう」のに対し、「弱い言葉はソッと心の中に入った後に小さな爆発を遂げることがある」。かくて、検閲の時代、つまり表現の自由がない時代に、文章(表現)技術やレトリックがかえって錬磨された。

 ≪過激と刺激が大手振って闊歩≫

 ところが敗戦後のアメリカ占領軍による検閲もなくなった。言ってみれば、あの憎い配偶者(検閲官)がぽっくり死んでしまった。そうなると、苦心の末生まれたレトリックや「弱い言葉」を用いて、読者の心の中で爆発する文章を書く必要がなくなった。最初から「強い言葉」を気安く使うことがはじまった。言葉のインフレがはじまり、暴力的な言葉にエスカレートするまでになった。こう清水は、言っていた。

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