「昭和」の青春

第18話 荒井由実《ひこうき雲》「自殺」した親友へ…歌詞と重なる体験に思い込め

 その日は常連である小百合(仮名)の53回目の誕生日だった。彼女は別の店で熱かんを飲み、ほろ酔い加減で昭和にやってきた。ファーの襟巻きが似合う、なかなかのレディーに見える。先に入店していた知り合いの松山夫妻の席に着き、夫妻から「きょうはきれい!」と声をかけられていた。

 順番が回ってくると、ステージアシスタントのトシにバックアップを頼み、自らマーティンD28を奏で始めた。淡々としたアルペジオ。歌い出したのは中島みゆきの《化粧》(78年)である。サビの部分では感情をこめ、女性の悲しみを吐露する。音楽はテクニックや歌唱力がそれほどなくとも十分に人をひきつけるものなのだ。

 2曲目はイルカの《なごり雪》(74年、伊勢正三作詞作曲)。丁寧な演奏と歌がすんなりと心にしみこんでくる。小百合の人柄そのもののステージだ。 

 誕生日の夜を友人と楽しむ小百合。独身かと思いきや、亭主も子供もいるという。

 「誕生パーティーを開いて騒ぐのはもともと好きじゃない。2人の子供は成人しているので、家で過ごす必要もないしね。ここ数年は1人で昭和へ来て過ごしています」

 小百合と音楽との関係は、特定のアーティストを追いかけるわけでもなく、気に入った歌謡曲、ポップスなどを楽しんで聴くというごく普通のものだった。

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