静岡 人語り

「沼津港深海水族館」館長・石垣幸二さん(47)(上)

 下田の実家から10分ほど歩くともう海でした。小学生の頃から海が遊び場で、仲の良い友達と毎日のように潜ったり、魚を釣ったりして遊んでいました。

 19歳のとき、一人旅でオーストラリアに行って、ダイビングの資格を取りました。そこで、世界最大のサンゴ礁地帯といわれるグレートバリアリーフを潜ったのですが、水の中にいる感覚がないほど海が透き通っていて衝撃を受けました。伊豆の海しか知らなかった私は「世界の海はすごいんだな」と初めて思いました。28年も前のことですが、あのときの感動は今でもはっきり覚えていますよ。

 もともと海外に移住して国際文化交流を夢見ていたので、どこならすぐ海外に行けるかを一番に考えて就職活動をしました。すると、当時、大型ショッピングモールを展開していたヤオハンは、入社2年目から海外勤務があることを知り、これは願ったりかなったりと思って面接を受けました。当時はバブルの時代でしたし、学校の成績も良く、テニス部の主将をやっていたこともあって、すぐ内定をもらえました。

 ヤオハンでは、営業マンとして企業を回って売り込みをしていました。売る物は決まっていない何でも屋でした。大きい話も取ったし、営業成績でトップを取ったりして、いわゆる出世コースに乗りました。しかしあるとき、自分の仕事にスペシャリティーがないことに気付いたのです。ダイヤモンドでも何でもそれ一筋に熱く語れる人がかっこよく見え、自分が扱う商品に愛情が持てなくなっていきました。

 そんなとき、子供の頃の記憶がよみがえってきました。海に行っては潮だまりに水族館をレイアウトして、「自分の水族館だ」なんていって遊ぶことが本当に好きだった。生涯絶対に飽きないものは何かを考えたとき、海のことをとことん追究して、海のスペシャリストになりたいと思ったのです。そして、3年ほどでヤオハンを退社しました。

 退社後、とりあえず海関係の仕事に就いて勉強しようと思っていたところ、偶然新聞の広告に「潜水士募集」という文字を見つけました。海水を水族館に運んだり、水槽の掃除やメンテナンスをする会社で、ダイビングの資格もあったので自分にぴったりだと思い、すぐ面接を受けて転職しました。

 入社して2年目、ペットショップ向けの熱帯魚の買い取りを新たに始めました。フィリピン、インドネシア、オーストラリア、ハワイ…。ツテも何もないんですが、飛び込みで行って「魚売ってくれ」と。そうやって少しずつ仕入れ先を開拓していきました。買ってきた魚は売らないと話にならないので、三島市を中心にペットショップをひたすら回って売り込みました。営業マン時代の経験が生きましたね。

 最初はどこも相手にしてもらえなかったのですが、日本では珍しいレアものの熱帯魚を取り扱うと、次第にマニアのお客さんが付いてくるようになりました。最終的には、ペットショップ側から「ぜひうちにお願いします」って来るようになりましたね。ゼロからのスタートでしたが、7年たったときには、全国で約250店舗のペットショップに卸すようになり、年商は約2億5千万円になっていました。

 ところが、レアものは仕入れで10万円ほどかかるので、売れ線をたくさん流通させたい会社の経営方針とぶつかり、日々大激論になりました。最終的には、仕入れの勉強もできたし、ベースは作ったからもういいかなと思って独立することを決めました。そして、33歳でブルーコーナーを立ち上げたのです。(構成 広池慶一)

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【プロフィル】石垣幸二

 いしがき・こうじ 昭和42年5月14日生まれ。下田市出身。日本大国際関係学部卒。平成12年3月に海水魚を卸売りする「ブルーコーナー」を設立。現在は、海の手配師として、世界約30カ国の水族館や博物館と取引をしているほか、水族館のリニューアル工事や水槽メンテナンスを請け負うなど幅広く活動している。23年12月には、「沼津港深海水族館」の館長に就任し、希少なシーラカンスを展示したシーラカンス・ミュージアムが話題を呼んだ。