天皇の島から 戦後70年・序章(6)前半

「南太平洋に慰霊に行きたい」 何度もご提案で実現

 陛下はその後も折に触れて話題にされ、関係省庁などに打診した渡辺さんが難しそうだと伝えても、何度でも繰り返された。根負けした渡辺さんは「少なくとも現地を見てくる必要がある」と考え、宮内庁、外務省、警察庁の視察団が派遣されることになった。

 その結果、政府専用機が着陸できる空港がなく、日本のチャーター機が飛んだ実績もない。両陛下にふさわしい宿泊先もなく、車両も足りなかった。陛下に「物理的にとても難しいと思います」と説明したところ、一度は「分かった」と納得されたという。

 ところが、今度は「(米自治領の)サイパンだけなら行けるんじゃないか」と提案されてきた。米側の協力もあり、サイパン訪問が実現すると、「南太平洋の戦争の歴史をきちんと勉強したい」と希望された。

 サイパンは、昭和19年6月15日に米軍が上陸し、激戦の末、日本軍、民間人計約5万5千人が犠牲になった。その歴史をお知りにならないはずもないが、いかにも、陛下らしいご姿勢である。防衛庁(当時)の担当者を2度呼び、進講を受けられている。(伊藤真呂武、今村義丈)