平成6年6月。米国を訪問中の天皇、皇后両陛下は日本時間の23日正午に合わせ、滞在先のサンフランシスコのホテルで人知れず黙祷された。この日は昭和20年に沖縄戦が終結した日で、沖縄では戦没者の追悼式典が開かれ、同時刻に黙祷がささげられていた。
実は、外務省儀典長として随行していた元侍従長の渡辺允(まこと)さん(78)が事前に天皇陛下のご指示で23日正午の現地時間を調べたところ、市長主催の晩餐(ばんさん)会が開かれる夕方と重なっていた。それを聞いた陛下から晩餐会の時間を少し遅らせてもらえないかと依頼されたという。
陛下は疎開の原体験をへて、戦後に生存者や遺族らの話を聞き、歴史を学ばれた。さらに、昭和天皇の思いを心に留められる。「それらの積み重ねで、ご自身の中から慰霊への気持ちが芽生えられた」。渡辺さんはそう推測する。
陛下は、皇太子時代の昭和56年の記者会見で「どうしても記憶しなければならない」4つの日として、6月23日のほか、8月6日と9日の広島、長崎の原爆投下の日、同15日の終戦の日を挙げられた。いずれの日も、鎮魂の祈りをささげられるのを忘れない。