河村直哉の国論

中国人民にも愛された高倉健さん 武士道精神を体現した人

 俳優、高倉健さんの魅力とは何だったのだろうと、追悼番組などを見るたび考えてきた。それは日本人的な徳に貫かれた生き方の魅力だったのではないかと思う。武士道精神に貫かれた生き方、といってもよい。

義・優しさ・礼・克己…

 単に任侠(にんきょう)シリーズで健さんが刀を手にしているから、という理由ではない。刀を持とうが持つまいが、健さんの演じる男、さらに健さんの生き方そのものが、武士道的な精神を感じさせるのである。

 確かに初期の「日本侠客(きょうかく)伝」シリーズなど、役どころもいかにも「武的」だ。第1作で、渡世人集団でもある東京・木場の材木運送業の小頭(こがしら)を任された主人公は、侠客であり、切り込んで敵を倒す。しかしこれだけなら「武的」ではあっても武士道的ではない。敵対勢力のいやがらせに耐え、正道の仕事をまっとうしようとするが、仲間が殺され、付け火されるに及んで、ついに刀を手にする。優しさと義憤があるから、それは武士道的といってよい味わいを帯びてくる。

 刀を手にしない作品でも、健さんはどこか武士道的だ。たとえば追悼番組としても放送された「あなたへ」では、故郷の海に散骨してほしいという先立った妻の願いをかなえる義があり、妻を思う優しさがある。この義と優しさが、高倉作品の大きな魅力ではないかと思う。

新渡戸の「武士道」

 そしてこの義と優しさは、20世紀にさしかかろうとするころ、日本人の日本人らしさを求めて新渡戸稲造が著した「武士道」において、重視された特性なのだ。「武士にとりて卑劣なる行動、曲りたる振舞いほど忌むべきものはない」。新渡戸はそういってまず義について説く。