「不便のいいところを研究する」とのテーマを掲げる科学者たちがいる。京都大の川上浩司教授が代表を務める「不便益システム研究所」。これまで便利さの追求一辺倒だった発想を見直し、さまざまな観点から新しい人間社会のあり方を提案することを目指すグループだ。〝不便〟についてきちんと考察した上で理論化し、システム設計などに生かそうというれっきとした科学研究だが、あえて〝不便〟に着目するのはなぜなのか。
(前田武)
効率重視の時代は終わった
研究所を主宰する川上教授は人工知能などを研究するシステム工学の専門家。研究所のメンバーは約10人で、京都大のほか立命館大や近畿大などから、電子工学や教育学、芸術学などさまざまな分野の研究者が参加している。
川上教授は「効率を上げる、機能を充実させる、といったモノづくりを追求する時代は終わったと思う。一見、不便に思えることが実はプラスになっているという事例は多い」と語る。
身近なケースとしては、オートマチックの自動車よりマニュアル車の方が運転が楽しいとか、わざわざ手間ひまをかけてキャンプに出掛けたりすることが不便のいいところ、つまり〝不便益〟だという。
逆に便利になりすぎたモノによる弊害、いわば〝便利害〟もある。カーナビに頼るあまり、街の地図が頭に入らなかったり、膨大な枚数の写真を撮影できるデジカメだと深く考えずにシャッターを押したりしてしまう、といった現象だ。
「工夫の余地があることで楽しいと感じる一方、便利すぎると能力が衰えてしまう場合もある。昔から何となく言われていたことだが、それらをきちんと整理して社会のあり方を考えたい」