外信コラム

ソウルからヨボセヨ 韓国人は執拗?

 韓国社会を揺るがせてきた旅客船セウォル号の沈没事故がやっと収拾局面を迎えた。事故発生から約7カ月。死者295人の事故責任を問われた船長らの1審判決が出たのに合わせ行方不明者の海中での捜索中止が発表された。ソウル中心街に設けられていた焼香台や慰霊施設も撤収される。

 ところが興味深いのは、韓国では裁判結果より捜索打ち切りの方が大きく伝えられたことだ。大手3紙の1面トップ見出しは「最後まで捜してあげられなくてすみません」「捜索終了、船体はどうなる」「最も悲しい決断」となっている。残る行方不明者9人に身を寄せた情緒的な反応だ。日本なら当然、裁判結果の「船長に懲役36年!」だろう。

 そして事故現場に近い島の体育館で半年以上、寝泊まりしながら捜索結果を待ち続けた不明者の家族は、それでもまだしばらく寝泊まりを続けるという。地元では以前から体育館の明け渡しを求める声が出ているというのに。これが日本なら家族は「これ以上は捜索関係者や地元にご迷惑ですから」ともっと早くあきらめているだろう。

 こうしたあきらめのない執着ぶりはどこか韓国的という感じがするが、逆に日本人はあきらめが早いということかもしれない。例の慰安婦問題だっていかにも執着、執拗(しつよう)である。(黒田勝弘)

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