テレビマンに聞く

「ブッチャー小林」こと小林豊さん(上)アルバイトのつもりが「一生の仕事」に…

翌年秋、当時の青柳報道制作部長の紹介で、東京12チャンネル(現テレビ東京)に移ります。ここで、初めてバラエティー番組を担当しました。ADとして、寄席の中継番組「日曜ワイドショー」や「世界びっくりアワー」など7本の番組を抱え、あちこちの現場を飛び回っていました。自分で考えたことがテレビの画(え)になって、見ず知らずの人が喜んでくれる。もう仕事に取りつかれていましたね。

あるとき、当時制作局長で、後に千代田企画を立ち上げる藤巻正義さんから「将来のために入社試験を受けろ」と言われました。でも、成績が悪くて落ちてしまった。それで、藤巻さんがフジテレビの番組制作会社「フジポニー」を紹介してくれたんです。

フジポニーの面接では、後に「欽ちゃんのドンとやってみよう!」を手がける常田(ときた)久仁子さんから「あんた面白いね。すぐ来なさい」と言われて、「番組を7本抱えています。すぐには無理です」なんて答えましてね。生意気だったなあ。

まあそんな訳で、48年10月にフジポニーに移ったんです。大学4年生でした。

こばやし・ゆたか

昭和26年3月2日、清水市(現静岡市清水区)生まれ。専修大学在学中からテレビ局でアルバイトとして勤務。卒業後、番組制作会社「フジポニー」入社。55年、フジテレビの同社吸収に伴い移籍。以後、「笑っていいとも!」「所さんのただものではない!」などバラエティー番組のディレクター、プロデューサーとして活躍。「笑っていいとも!」ではテレフォンディレクター「ブッチャー小林」として登場し、親しまれた。平成4年に営業局に異動。営業局長などを経て19年取締役営業担当。21年からテレビ静岡社長。

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