テレビマンに聞く

「ブッチャー小林」こと小林豊さん(上)アルバイトのつもりが「一生の仕事」に…

自分が打ち込めるものを探したい-。昭和45年に専修大学に入学すると、アルバイトに明け暮れました。家庭教師、酒店の配達、印刷工場…。キャバレーの呼び込みもやりました。東京・高円寺の「花嫁学校」。わはは、まだ覚えてる。魚市場育ちだから呼び込みは得意なんです。店長に気に入られ、店内で「みどりちゃんみどりちゃん、3番テーブルにどうぞ」なんてやってました。

同年の夏、北海道の牧場でバイトをしたとき、TBSの取材を受けました。夏休みの若者のさまざまな姿を追いかける特集でした。その後、「番組に出てくれ」と言われ、芥川也寸志さん司会の朝の番組に出演。そのとき、「バイトしないか」と誘われ、短期のつもりで受けました。まさかそれが一生の仕事になるとも知らずにね。

TBSでは、ディレクターの吉永春子さんなどの下で、ドキュメンタリー番組などのアシスタント・ディレクター(AD)として働きました。三島由紀夫氏の割腹自殺の現場などに行きましたが、報道の現場は活気があって、なんだか魚市場に似ていましたね。

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