自民長野県連幹事長、石田治一郎氏が死去 77歳

 自民党県連幹事長で県議の石田治一郎(いしだ・じいちろう)氏が12日午前9時45分、長野市の長野日赤病院で、肝細胞がんのため、死去した。77歳だった。通夜・葬儀の日程は遺族の意思で公表しない。喪主は長男、治(おさむ)氏。27日午後2時から、長野市のホテル国際21でお別れの会を開く予定。

 石田氏は昭和12年、長野市(当時・綿内村)生まれ。早大教育学部卒業後、信濃毎日新聞社勤務を経て、54年の長野県議選に長野市選挙区から出馬して初当選し、現職で最多の9期目。平成13年から1年間、県議会議長を務めた。

 15年から自民党県連幹事長として、県議会、県政、長野市政などに幅広く指導力を発揮。25年の長野市長選では鷲沢正一前市長の引退と加藤久雄市長の擁立を主導したほか、今年8月の知事選でも4年前の前回選挙で対立候補を擁立した阿部守一知事の推薦を決定するのにあたり、反対論があった県連をまとめた。

 24年に体調を崩して以来、入退院を繰り返し、今月25日に開会した9月定例県議会を前に入院し、欠席届が出されていた。

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 石田氏の死去についての主な関係者のコメントは次の通り。

 阿部守一知事「心からご冥福をお祈りしたい。長野五輪や新幹線、高速道路など県のさまざまな発展の基礎を作るのに大変ご尽力いただいた。常に県のことを考え、行動された方で、真に県を良くするために、決してご自分が表に出ない場面でもしっかりと方向付け、かじ取りをされた。私が4年間、知事として仕事をするにあたっても、さまざまな形で県議会の立場からいろんなアドバイスをいただいた。その意味で県をさらによりよくしていくことが、残されたわれわれがしっかりと取り組むべきことだと思う」

 自民党の小坂憲次参院議員(県選出)「長野県議会の重鎮が亡くなられたのは誠に残念だ。父(小坂善太郎元衆院議員)の事務所におられて、私が子供の頃から兄弟より深い関係でご指導いただいた。常に県政だけではなく国政や地域のために何を成すべきかを考えておられた。闘病されている中でも地域のことを考え、先週も御嶽山噴火で何か県としてできることはないかと心配されていた。われわれは石田先生の遺志を受け継いで頑張っていきたい」

 民主党の北沢俊美県連代表(県選出参院議員)「本当に残念だ。若い頃は私も自民党の県議として一緒に働かせていただいた。私が自民党を離党した後も、党派を超えて表でも裏でも話し合い、互いに理解し合える関係、友人だった。成熟した政治家で、昨年の長野市長選、今年の知事選でもどうあるべきかを突っ込んで話をした。ご冥福をお祈りしたい」

 民主党の倉田竜彦県連幹事長(県議)「突然の知らせに驚いている。ずっと県政を支えるとともに、新しい県政の歴史を作るのに大きな役割を果たされた。カウンターパートとしていろいろなことを相談しながら県政を進めてきたが、人間としての大きさを感じさせる方だった」

 公明党の太田昌孝県本部代表「心からお悔やみ申し上げる。国政で連立政権を組み、県議会にあっても協力関係にある中で、親しくご指導いただいた。自民、公明両党が下野したつらい時代をともに乗り越え、現在まで導いてくださったことに感謝している。温かいお人柄で県や地域に熱い思いを持った方だった」

 塚田佐(たすく)元長野市長「昭和60年の長野市長選では良きライバルとして戦ったが、その後はお互いに協力し合ってきた。私が市政でさまざまな課題に直面した時も、たくさんアドバイスをしてくれた。とても残念でご冥福をお祈りする」

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