熊木徹夫の人生相談

決して「被害妄想」と言ってはいけません

相談

私たち夫婦と同居している40代未婚の娘のことでご相談します。娘はどこに勤めても長続きしません。以前は7年勤めた職場もありましたが、2、3年前から、うつを疑って精神科に行かせていました。ところが、1年前、精神科に通院するところを勤務先の同僚に見られ、職場で噂になったをきっかけにひどくなり、前の職場は1カ月で辞めました。

最近、アルバイトを始めましたが、あまり行きたくない様子です。「みんなが私のことを噂している」と被害妄想になっています。家にいるときは自分の部屋に閉じこもります。「それは妄想だから」といっても理解しません。

小さいときから高校、短大といじめに遭い、信頼できる友達も1人もいません。親からみれば優しくて真面目な性格です。親として、何をしてやればいいのか分かりません。(千葉県 70代女性)

回答

ご相談内容からはその詳細は不明ですが、過去に娘さんが体験したいじめについて、少し想像を巡らせてみましょう。

いじめはまず、ある均質集団の中で、その構成員の誰かが、ある人物の浮いているところを取り沙汰にし、違和感を表明することから始まります。さらにそれを揶揄(やゆ)する道化師がいたりすると、「そういえばそうだ」と皆が納得しおもしろがり、噂は一気に膨れあがります。

これは、ターゲットとされた人にとって、世界が裏返るほどの恐怖です。当然のごとく、身体が強ばり、日々の言動がより一層ぎこちなくなります。それを見た大多数が、畳みかけるようにその様子を指摘しあざ笑う。ついには、ターゲットの彼・彼女は態度も思考もフリーズし、引きこもらざるを得なくなる。

いじめは当然、道義的に許されるものではない。しかし一方で、集合体ができると、その中で必ずヒエラルキーが形成され、それゆえに生け贄(にえ)にされるいじめられっ子が発生することもまた事実です。

彼女のこれまでの人生は、このいじめの悪循環の繰り返しであったと思われます。あまりの傷の深さゆえ、本当に陰口がたたかれているか否か知れないうちから、その予兆を感知し、ひどくおびえ、被害感を鋭敏にすることで、過剰に防衛する癖がついてしまったのでしょう。

これらの不幸な帰着点が仮にあなたの言う「被害妄想」であるのだとしても、母であるあなたにだけはそう言ってほしくない。彼女の心的現実の一端が、あなたの「現実」に成り代われるか、救済の糸口はそこにあります。

どれほど辛くても立ち上がり、またアルバイトに向かう彼女。仕事が続かないのではなく、むしろ続いている。その見方にこそ未来があるのです。

回答者

熊木徹夫 精神科医。45歳。「あいち熊木クリニック」院長。著書に『精神科医になる~患者を〈わかる〉ということ~』など。

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