衝撃事件の核心

逮捕前、男は教会で手を震わせた…神戸女児遺棄 アリが行列なす〝ごみ屋敷〟、意味不明の連続110番 奇行トラブルメーカーの心の軌跡

 逮捕前、身辺に伸びる捜査の手に恐怖心を抱いていたのだろうか。

 捜査関係者によると、君野容疑者が逮捕当日、捜査員から任意同行を求められたのは神戸電鉄長田駅近くの竹やぶ。泥酔状態だった。付近はマンション4~5階に相当する急斜面で、自殺を図ろうとした可能性もあるという。

「人生どげんでもいい」

 君野容疑者は昭和41(1966)年11月、大阪で生まれた。2、3歳のときに両親が離婚し、小学校進学前に現在の鹿児島県南九州市川辺町の父の実家に引っ越した。父は仕事で大阪にとどまり、県立鹿児島水産高校を卒業するまでは祖母に育てられた。

 同級生らは、当時の印象を「まじめでおとなしい。トラブルも聞いたことがない」と口をそろえる。だが、実家の近隣住民は「孤立無援の寂しい境遇だった」と語る。親の愛情が注がれず、孤独に育ったといい、「祖母のことは慕っていた。平成4年ごろに亡くなったときも線香をあげにきた」という。

 仕事はどれも長続きしなかった。高校を卒業した昭和60年の9月からは宮崎県の陸上自衛隊に所属したがわずか1~2年で退官。その後は鹿児島県や熊本県の食品会社やパン工場、風俗店の客引きなど職を転々とした。

 風俗店の元同僚(42)は「酒を飲むとよく声を荒らげた。『人生どげんでもいい』と言っていた」と振り返る。ネコ好きでパチンコにはまり、借金を抱えていた。「外国でのんびり暮らしたい」と時折、夢を語る一面もあった。

 平成13年ごろは広島市の繁華街で働いたが、女性問題で転居。30歳半ばで結婚し、娘を1人もうけながらも、すぐに離婚して大阪や東京にいたという情報もある。

 神戸市内には、遅くとも平成20年ごろから1人で住み始めたとみられる。はじめは兵庫区のアパートに住み、生活保護を受給。部屋は菓子袋が散乱するごみ屋敷だった。アリが部屋に列をなし、問題になって退去。そして25年6月ごろ、現在の長田区のアパートに落ち着いた。

パンツ一丁で路上をウロウロ

 この頃は過去にも増してトラブルを起こしていたようだ。

 肩をぶつけた男性に「(指定暴力団の)山口組とパイプがある」と威嚇。ほぼ毎日酒を飲み、目が合った人に「こっち見るな。殺すぞ」と暴言を吐き、同じアパートの住人とも何度か口論になる騒ぎがあった。

会員限定記事会員サービス詳細