【都市伝説を科学する】(問)九州の将兵は最強か? (答)YES!(1/4ページ) - 産経ニュース

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都市伝説を科学する

(問)九州の将兵は最強か? (答)YES!

 広く流布した話ではないが、関係者に根強い伝説がある。いわく「九州の将兵は強い」。九州は古代から、わが国防衛の最前線であり、先の大戦をはじめ、勇猛ぶりは敵将をさえ驚かせた。現在の自衛隊を見ても、「最強」の呼び声も高い部隊が集まり、南西防衛を担っている。「九州最強説」はどのように生まれたのだろうか。(九州総局 大森貴弘)

 「拉孟(らもう)において、騰越(とうえつ)において、日本軍の発揮した善戦健闘に比べてわが軍の戦績がどんなに見劣りするか。予は甚だ遺憾に堪えない」

 元大本営参謀で戦後、参院議員も務めた辻政信氏の著書「十五対一運命の戦場」によると、昭和19年、日本軍と戦っていた中国・国民党の蒋介石は、全軍にこんな訓示をした。

 蒋介石がたたえた日本軍こそ、九州出身者で構成された第18師団(通称菊兵団)と第56師団(通称龍兵団)だった。中国・ビルマ(現ミャンマー)国境において、拠点を守り、わずか数百から数千の陣容で、万をはるかに超える敵兵を、4カ月に渡って釘付けにした。

 このような例は、枚挙に暇がない。なぜ九州の軍隊は強いのか-。

理由(1) 国防意識

 「古来、九州は日本の防衛の最前線だった。古代は防人(さきもり)、中世には元寇。九州には、日本の平和のために戦ってきた武人の誇りがある」

 陸上自衛隊西部方面総監の番匠幸一郎陸将(鹿児島県出身)は常々、こう説く。

 白村江の戦い(663年)に敗れた後、北部九州は、唐・新羅の侵略に備える最前線だった。

 当時、大和朝廷の危機感は強かった。

 九州一円や遠く関東から「防人」と呼ばれる兵士を集め、九州沿岸や島嶼部に配置した。任務終了後も少なくない東国出身者が九州にとどまったという。