愛媛・済美の上甲監督死去 「再出発したばかり」関係者ら悼む 

 2度のセンバツ優勝を果たすなど愛媛県の高校野球を牽引(けんいん)した校野球部監督の上甲正典さん。2日、67歳で亡くなった。高校野球ファンにはおなじみの微笑みながら指揮をとる姿は「上甲スマイル」と親しまれ、多くのプロ野球選手も育てた。突然の訃報に県内の関係者は「残念だ」と口をそろえた。4日の告別式では安楽智大投手が弔辞を読み、恩師に最後の別れを告げる。

 上甲さんは昭和63年のセンバツで母校の県立宇和島東高校を初出場初優勝に導いた。平成14年に済美の監督となり、創部3年目の16年に初出場したセンバツでも初優勝。岩村明憲選手(ヤクルト)や福井優也投手(広島)らプロ野球で活躍する教え子も多い。

 「野球のことを熱く語る人だった。『甲子園はいいところだ』と何度も話していた。再スタートを切ったところだったので本当に無念だったと思う」。済美高校野球部の創部当時に副部長として上甲さんを支えた同校の永井康博教頭(56)は悔しそうな表情をみせた。

 永井教頭によると、上甲さんは8月下旬に体調を崩し、東温市内の病院に入院。同月上旬に発覚した部内でのいじめ問題については「ショックを受けていた。関わった生徒のことを気遣っていた」という。問題発覚後に野球部は活動を自粛。新学期が始まった1日、副校長や部長、コーチらがミーティングを行い、今後の活動を話し合ったばかりだったという。

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 ■「精神力と情熱に敬服」小松・宇佐美監督

 上甲さんは、県内の多くの野球関係者が「名将」と認める存在だった。

 今年の夏の甲子園に出場した県立小松高校の宇佐美秀文監督(56)は「30年来の付き合いになる。『試合中は敵味方だが、終われば仲間』という言葉が印象に残っている」と振り返る。

 今治西高校の監督時代に愛媛大会決勝の延長戦で逆転負けをしたこともあり、「どうしたらあんな勝負強いチームを作れるのかといつも思っていた。亡くなる約1カ月前にベンチで指揮を執った精神力と情熱には敬服します」と話した。

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