【関西の議論】これは人魚のミイラなのか、高野山の麓に安置される「ミステリー」の正体は…近江国「人魚伝説」と絡み合う秘話(2/3ページ) - 産経ニュース

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関西の議論

これは人魚のミイラなのか、高野山の麓に安置される「ミステリー」の正体は…近江国「人魚伝説」と絡み合う秘話

 一方、千里ノ前は播磨国(現在の兵庫県)に移って石童丸を産むが、苅萱道心はそのことを知るよしもなかった。

 石童丸が14歳のころ、母の千里ノ前とともに、父が出家したという高野山に向かった。しかし、当時の高野山は女人禁制。石童丸は千里ノ前を学文路の宿に残し、一人で山を登り父の行方を探した。

 苅萱道心は石童丸と出会い身の上話を聞くと自分が父であることを悟るが、世を捨て仏道に励む修行中の身。親とは名乗らず、「尋ね人は亡くなった」と母のもとへ帰してしまう。

 山を下りた石童丸を待っていたのは長旅で急病となり、亡くなった千里ノ前の姿だった。悲しみに暮れる石童丸は母を学文路で葬り、再び高野山へ登り苅萱道心に弟子入りを願う。苅萱道心は親子の縁の深さ、仏の導きを感じながらも、生涯親子の名乗りはしなかったという。

異様な存在感なのに県文化財

 江戸時代半ばごろには、この物語は広く語られ、高野山へお参りする折には学文路で一泊するのが通例になったという。

 学文路苅萱堂には、この物語のゆかりの品が多数伝わり、県指定有形民俗文化財が32点もある。

 人魚のミイラもその一つで、他にも願いをかなえる石として苅萱道心の父が子供を授かるよう祈った「夜光の玉」、石童丸が千里ノ前の墓標代わりに竹杖を立てたところ芽が出て実を結んだとされる「石童丸御(み)杖(つえ)の銘竹」などがある。お堂にある苅萱道心、石童丸、千里ノ前の坐像も県指定文化財だ。

 県教委は「謎めいた説教用具もあるが、いずれも異様な存在感を持つものだけに、奇怪なものへの興味と高野聖の巧みな唱導によって、参詣者が苅萱物語の世界に誘われた。高野山信仰を高めていった様子を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる」と説明する。

近江国に伝わる“人魚伝説”が流れてきた?

 人魚のミイラを納めた木箱のふたには、『日本書紀』と記されている。

 日本書紀には、推古天皇27(619)年4月の項に、近江国(現在の滋賀県)からの報告として「蒲生河に物有り。其の形人の如し」と記載されている。蒲生川(現在の佐久良川)で、人のような形をしたものが捕まえられたという。それがミイラとなり、近江国出身の千里ノ前に受け継がれ、高野山の麓まで伝わったとされる。