熊本・菊池飛行場、私設資料館オープン 少年飛行兵の基地、後世に

 さきの大戦中、熊本県泗水(しすい)町(現熊本県菊池市泗水町)にあった陸軍菊池(花房)飛行場の歴史を後世に伝えようと、地元住民らが泗水町豊水の孔子公園に、飛行場で使われていた資材やジオラマを展示する資料館「菊池飛行場ミュージアム」を設立した。設立に携わったメンバーは「調査や資料収集をさらに進め、戦争の記憶と平和の尊さを後世に残したい」としている。(谷田智恒)

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 菊池飛行場は昭和15年に完成した。陸軍飛行学校の教育隊などが配備され、大戦末期は特攻隊の中継基地にもなった。米軍による空襲では、少年飛行兵ら30人以上が亡くなった。

 終戦後、約150ヘクタールの広大な敷地は、引き揚げ者や復員兵らの開拓団に払い下げられ、宅地化された。現在、計約60世帯が生活しており、周辺には遺構が点在している。その一つ、「花房飛行場跡給水塔」は市指定文化財になった。給水塔の外壁や柱には、米軍空襲時の機銃弾痕が数十カ所残る。

 終戦から69年が経過し、当時の事情を知る人が減る中、「花房飛行場の戦争遺産を未来につたえる会」(倉沢泰代表)がミュージアムを設立した。

 同会は平成20年4月に発足し、地区内に残る戦争遺跡の見学会や講演会を開き、菊池飛行場の歴史の継承を進めている。

 会代表の倉沢氏は昭和21年2月に飛行場跡地に入植し、29年から富原保育園を運営してきた。地元の生き字引として会の活動を主導する倉沢氏は「市の文化財となった給水塔は平成19年まで使用され、住民の命と生活を支えてきた大切な施設。戦後復興と平和の象徴として保存を訴え、活動を展開した」と振り返る。

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