関西の議論

戦争と歴史に翻弄された「阿波おどり」の真実…開戦直前・幻の『阿波の踊子』の記憶 

 今年も阿波おどりの季節がやってきたが、太平洋戦争開戦直前の昭和16年、長谷川一夫や高峰秀子ら当時の大スターが出演した阿波おどりの映画が徳島でロケ撮影され、京阪神などで上映されたことはあまり知られていない。盆踊りが全国的に禁止された戦時下にあって映画は人気を博し、戦後もフィルムを短縮して公開されたが、現在は劣化して再上映は難しいという。戦争に翻弄され、何度も中止と再開を繰り返した阿波おどり。幻の映画は、そうした歴史を顧みる上で象徴的な出来事として記憶にとどめられている。

戦時下での撮影・上映

 昭和12(1937)年7月、日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起こり、日本は戦時体制に入った。徳島県民も踊りに浮かれているわけにはいかなくなり、徳島観光協会は自発的に阿波おどりを取りやめた。8月13日付の徳島毎日新聞は「時節柄盆踊はとりやめ」などと報じ、以後、一般の盆踊りは厳禁になったという。

 東宝の長編映画「阿波の踊子」(マキノ正博監督)はそんな戦時下の16年4月に徳島市で撮影され、同年5月に公開された。阿波おどりのシーンが本格的にスクリーンに登場した初めての劇映画。当時大人気の俳優、長谷川一夫が主演を務め、高峰秀子や入江たか子、清川虹子ら豪華女優陣が脇を固め、長谷川らが実際に阿波おどりを踊った。

 映画は江戸時代前期の庄屋、阿波十郎兵衛物語をアレンジしたもので、徳島藩の悪家老によって無実の罪で処刑された十郎兵衛の敵を討つため、7年後に弟が阿波おどりの日に帰ってきて、踊りに乗じて本懐を遂げるというストーリー。

 当時の新聞(徳島毎日)などによると、ロケは4月16日から9日間に渡って、市内の助任(すけとう)川に架かる工兵橋(現、徳住橋)付近を中心に徳島中央公園、津田港などで行われた。富田、内町両検番の芸者衆を中心に、近所の若者らが踊り手などのエキストラとして動員されたという。

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