九州の礎を築いた群像

TOTO編(3)ウォシュレット(下)

 ■「トイレ革命を起こす!」常識破るCM マドンナ&レオ様も病みつき

 「社長、申し訳ありません。ウォシュレットは遅かれ早かれ、すべてに不具合が出るかと思います。万全なモノを開発するまで出荷をストップすべきだと思います…」

 昭和55年10月。東陶機器(現TOTO)の金具設計部長、本村久(81)は9代社長、山田勝次(1915~1989)に温水洗浄便座「ウォシュレット」の販売中止を直訴した。

 4カ月前、最高機種14万9千円で売り出したウォシュレットは、洗浄する温水が突然、冷水に変わる故障が頻発した。苦情は最終的に1万件に達し、本村は設計側のミスだと悟った。

 本村の訴えに、普段は温厚な山田の顔色が、みるみる怒りで真っ赤になった。

 「不景気に売れる新商品として、週刊誌に特集を組まれたばかりじゃないか。こんなに注目を集めているのに販売中止などしたらどうなるか分かっとるんか。今すぐに故障を直せっ!」

 東陶機器は第1次石油危機(昭和48年)の影響で、便器や水栓金具など主力商品の落ち込みが激しく、ウォシュレットは、起死回生の一手だった。ライバル企業に先んじ、市場一番乗りを果たしたウォシュレットを失うことは、どうしても避けたかった。

 とはいえ、初期不良は、商品への信頼を大きく損ねる。

 山田は、一刻も早い原因究明と改良を本村に命じた後、営業担当者を呼んだ。

 「金具設計部はすぐに故障の原因を突き止め、万全な商品を出すはずだ。お前たち営業は、故障を訴えた購入者を訪問し、すべてを新品に交換するよう手配しておけ」

 失った信頼を取り戻すには、この手しかないと山田は直感した。

 一方、本村たち開発メンバーは昼夜を問わず、設計見直しを進めた。

 故障したのは、水を最適温度の38度に保つ熱交換器だ。水を通す管を銅板で挟み、この銅板を熱することで水を温める。

 ところが、銅板に貼り付けたアルミ製の電熱線が真っ二つに切れていた。

 常に38度の水温を維持するには、1日に1500回ものオン・オフ信号が集積回路(IC)から電熱線に伝わる。オン・オフによる収縮で、電熱線が金属疲労を起こしていた。

 実は熱交換器は、金具設計部のメンバーが作ったものではなかった。米企業から特許を取得し、販売していた温水洗浄便座「ウォッシュ・エア・シート(W・A・S)」の改良を見込み、数年前に本社研究所が開発した。

 この本社研究所が作った熱交換器を、耐久性試験をしないまま使っていた。

 「俺たちのミスだ…」

 本村たちは正月休みも返上し、熱交換器の改良に取り組んだ。電熱線の素材をアルミよりも強いステンレスに変え、太くした。開発メンバーはカーテンで仕切った実験部屋にこもり、便器にまたがって耐久性を確かめた。連続3千時間、38度のお湯を出し続けても、断線することはなかった。

 昭和56年2月、新たな熱交換器を組み込んだウォシュレットが完成した。

 営業メンバーは故障を訴える購入者宅を回り、新品に交換をした。大量クレームはようやく終息した。

                 × × ×

 初期不良を乗り越えたウォシュレットだが、月の売り上げは300台程度。山田がかける期待に比べると、売れ行きはかんばしくなかった。

 「ウォシュレットは1カ月に1万台売れる革命的な商品なんだ。だが、こんな婉曲(えんきょく)なCMでは、商品の良さが伝わらない」

 山田は56年夏、企業広告を統括する部長を呼び出し、テレビCMの変更を命じた。

 発売当初のテレビCMは、アニメーションだった。くるっと裏返ったカモメの羽根の付け根に、クジラがピューと吹いた潮が当たるというもの。裏返ったカモメの形がお尻を連想させ、お尻を温水で洗うイメージを視聴者に植え付けようとした。

 元々のCMが婉曲になったのも無理はない。「ご不浄」「憚(はばか)り」と呼ばれたトイレは、新聞・テレビに広告掲載を拒否されることもあった。

 「便器は汚い尻を連想させます。わが社の品位を汚すので、広告は載せられません」

 45年に「東洋陶器」から「東陶機器」に社名変更した際、ある大手新聞は、こうした理由で広告掲載を一時、断った。自信を持って作った商品を「品位を汚す」と貶(おとし)められた屈辱は、東陶機器の広告担当者の心の傷となっていた。

 広告宣伝課の岩塚守男(73)は、ウォシュレット広告の一新を任せられ、喜び勇んだ。

 「ウォシュレットで便器に対する広告業界の壁を打ち破ってやる」

 岩塚自身、大手新聞に広告掲載を拒否された経験がある。またとない雪辱の機会だった。

 「重要なのはコピーライターの人選だ。あの人しかいないだろう」

 岩塚は仲畑貴志(66)に依頼しようと考えた。

 仲畑は当時、新進気鋭のコピーライターとして注目を集めていた。子犬が京都の路地裏を駆ける哀愁漂うサントリーのウイスキー「トリス」のCMは、カンヌ国際広告映画祭金賞(1981年)を受賞していた。

 だが、これまでのように地元の広告代理店を通しては仲畑との接触は難しい。CM調査会社「東京広告」の社員を通じて、岩塚は、仲畑とのアポイントメントを取った。

 「大手新聞のように断られるのではないか:」

 56年12月、岩塚は不安を抱きながら上京したが、スタジオで会った仲畑は快諾した。

 「いいですね。やりましょう。製品のイメージを訴えるぼやっとしたCMに飽きていたんです。地に足が付いた工業製品に、私も興味があります」

 数日後、仲畑は北九州市の東陶機器本社に足を運んだ。だぼ付いたズボンに黒シャツ姿。古びた木造工場の一角で、本村ら開発メンバーからウォシュレットの商品説明を受けた。

 だが、仲畑の表情は淡々としていた。岩塚や開発陣は嫌な雰囲気に包まれた。

 言葉だけではウォシュレットの革新性を理解してもらえない。開発メンバーの一人、池永●夫(64)は突然、手に青色の絵の具を塗った。

 「仲畑さん、絵の具も水で流せばきれいに拭き取れるでしょう。お尻も同じです。われわれがやってきたのは、日本人の常識への挑戦なんです」

 打ち合わせの後、メンバーは慰労にと仲畑を本社前の居酒屋に誘った。のどを潤した仲畑の表情は一変していた。

 「部長さん、こいつはトイレ革命を起こすよ。日本人のお尻を拭く文化を変える商品だ。これはいい、これはいいよ!」

 数カ月後、仲畑からコピーが完成したと連絡を受け、岩塚は新幹線に飛び乗った。

 「いったいどんなコピーができたんだろう」

 スタジオに着くまで、岩塚の心中は期待と不安が交錯していた。仲畑はにっこり笑って、青鉛筆を原稿用紙の上に走らせた。

 《おしりだって、洗ってほしい。》

 わずか14文字だった。

 タブーだった「おしり」の言葉が盛り込まれていたが、単純明快なフレーズに岩塚は言葉を失い、即座にOKを出した。後日、報告した役員会の席でも異論を挟む者はいなかった。

                 × × ×

 昭和57年9月、ついにウォシュレットのCMがテレビで流れた。

 「皆様。手が汚れたら洗いますよね。こうして…紙でふく人っていませんわよね。どーしてでしょー。紙じゃとれません…」

 青い絵の具を手に塗った歌手、戸川純(53)がブラウン管越しに視聴者に呼びかける。池永が仲畑に訴えた手法がそのまま採用されたのだ。

 CMの最後に、戸川はお尻を突き出し、あのフレーズを口にした。

 「おしりだって、洗ってほしい。」

 放送時間は午後7時から10時までのゴールデンタイム。最初の放送は一家団欒(だんらん)真っ最中の午後7時15分だった。

 「食事時に便器のCMなんて、けしからん」

 放送直後から、視聴者の苦情の電話が、東陶機器の宣伝課に殺到した。宣伝課に待機していた岩塚は静かに受話器を取るとこういった。

 「お客さま。排泄(はいせつ)は恥ずかしい行為と思われていますが、そうではないんです。食事と同じように、排泄も尊い行為です。私たちは新しい清潔な文化を訴えているのです」

 岩塚の訴えが広まったかのように、1カ月もすると、クレームはぴたりとやむ。

 その代わり、ウォシュレットの売れ行きがグンと伸びた。月300台ほどの売り上げはCM放送開始の翌月は1千台に、1年後には月8千台、年間では10万台近くが売れる大ヒット商品となった。

                 × × ×

 平成25年度末でウォシュレットの累計出荷台数は3400万台を超えた。ウォシュレットを含む温水洗浄便座の普及率は「一家に一台」を超えている。

 軟便タイプが多い日本人にとって、お尻を洗うという行為は排泄の一過程となった。

 日本人だけではない。

 「ウォシュレットに会いに来たわ!」

 平成17年12月に来日した米歌手のマドンナは開口一番、世界に冠たる発明となった温水洗浄便座を褒めたたえた。レオナルド・ディカプリオ、ウィル・スミスら海外セレブも、ウォシュレットファンで知られる。

 このニュースを耳にした本村はしみじみ呟(つぶ)いた。

 「われながら、えらいことを成し遂げたなと思いますよ。TOTO史上最悪ともいえるほどクレームも出してしまったが、新たな文化を変えたと言ってもらえる商品に育ったのです。当時はこれっぽっちも思わなかった」

 一方、今年7月、岩塚は北九州市小倉北区の自宅でテレビを見て驚いた。

 ウォシュレットを取り上げたテレビ番組が、ネーミングについて「レッツ ウォッシュ」(さあ、洗いましょう)の逆さまにしたものだと説明した。

 開発当時は「トイレット」と「ウォッシュ」の組み合わせで命名したはずだった。

 だが、岩塚は抗議する気にもならなかった。

 「…うん、これでもいいか。ウォシュレットは世界中に広がって、もう僕らの手を離れた所までいっちゃったんだ」(敬称略)

●=隆の生の上に一

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