拉致再調査

和田佑介さんの母、執子さん「いい方向に進んで」 島根

 「何とかいい方向に進んでほしい」

 広島市のアパートから12年前に突然姿を消した島根県江津市出身の和田佑介さん=失踪当時(25)。母、執(とも)子さん(71)は、北朝鮮の再調査に関する報道などを食い入るように見つめている。

 地元の高校を卒業後、自動車専門学校に進学、広島市内の自動車部品製造会社に勤務していた和田さんが行方不明になったのは、平成14年5月7日。会社から「無断欠勤している」との報告があり、失踪していることが分かった。

 直前、江津市に帰省し、学生時代の友人らとバーベキューなどを楽しんでいた。広島に戻った6日午後8時ごろ、電話で執子さんと会話したという。

 執子さんは「(会社のことで)『頑張りなさいよ』と話をした。普段とまったく変わった様子はなかった」と振り返った。

 夜、空にきれいな星が見えると、執子さんに電話で教えてくれたこともあったという和田さん。「気が利く優しい子。学校もほとんど休まない子だった」

 不明になった5日後には、愛用の乗用車の趣味の会を立ち上げようとしていた。失踪後は愛車も見つかっておらず、運転免許を更新した形跡もないという。

 ほとんど手がかりがなかったなか、同年に「特定失踪者問題調査会」に届けた。その後、島根県の市民団体「東アジアネットワーク」の支援で「和田佑介さんをさがす会」が結成され、真相究明を求める署名は2万人以上に達している。執子さんも島根や広島で街頭活動に参加した。

 江津市の実家1階の和田さんの部屋には、愛車の写真やプラモデル、使っていたバイクのヘルメットなどが置いてあった。「元気でガンバッテますか」「早く帰ってきてね」-。ヘルメットには友人らのメッセージが記されている。

 執子さんは「あっという間の12年間。早く顔が見たい」と話している。

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