戦後の復興支えた「天満書道祭」 来月25日まで作品募集 広島

 広島市西区天満町の「天満宮」で戦後に始まった「天満書道祭」が68年目を迎える。広島に原爆が投下された2年後の昭和22年に、「立ち直るには心の糧が必要」と始まった伝統の書道展で、今年は7月25日まで作品を募集している。

 学問の神様として天満宮では、書の奉納行事が戦前から行われていた。また、「広島の夏はとうかさんで始まり天神さんで終わる」と言われ、8月下旬に行われる天神祭は「ゆかたの着納め」。多くの露店が出てにぎわい、書道祭の作品が境内に展示される。

 昭和20年8月6日、広島に原爆が投下された。爆心地から西へ約1キロの天満町もその日の夕方には火の海に。天満宮は社殿を焼失し、ご神体は宮司がかろうじて防空壕に運んで守ったが、この年、天神祭は行われなかった。

 悲しみと焼け野原だけが残った町。住民らは町の守り神を再建しようと、毎日1円ずつ、商店街は1日10円ずつを奉納し続けた。努力は結実し、翌年の8月24日、天満宮は再建され例大祭を行った。

 そして昭和22年、「大戦の傷から立ち直るには心の糧が必要」と、天満小学校保護者団や書家の故小川汀鶴さんたちが発起人となり、「第1回天満書道祭」が開催された。

 夏祭りの天神祭も復活し、境内には子供たちの書いた「文化のかみさま」や「天満宮の夏祭」などの元気な文字が並んだ。

 その後、ずっと地域の人たちの楽しみとして、夏のイベントは続いてきた。現在、書道祭に寄せられる作品は県外からも含め、毎年約5千点。多い時は1万2千点を超えることもあったが、少子化や書道離れなどで、総数は減った。夏祭りの露店も一時の半数以下になった。

 稲毛繁男宮司は、天満宮のかつての夏のにぎわいをもう一度、取り戻したいと考えている。

 現代の神社の役割について稲毛宮司は「私の仕事は神様と人の橋渡し。神社は皆様の心のよりどころ」と話す。「皆さん、困ったときの神頼みで神社にお越しになる。それは今も変わらない。解決するとお礼に来てくださる。それはうれしいですよ」。

 書道祭の表彰式は8月21日。特別賞と特選賞は25日まで天満宮境内に展示し、金賞は21~23日、天満小学校体育館で展示する。

 8月6日には慰霊祭を行う。問い合わせは、天満宮の社務所(電)082・293・4964で。

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