大阪調査隊

取り調べ、勘当、波乱の人生「日本初のヌードポスター」モデル女性のその後…大正12年、サントリーHD「赤玉ポートワイン」

 「いいものを作ってもそれを知ってもらわないことには売れへんのや」という創業者の信念のもと、このヌードポスターは誕生した。

 関係者の見つからない現在、懐古談やインタビュー、取材を紹介した書籍だけが事実を知る手がかりだった。

撮影は極秘裏

 もともと片岡さんは広告界の鬼才といわれた人で、企画や宣伝広告は斬新で意表を突くものが多かった。なかでもユニークなのが赤玉を売り込むために組織されたオペラ団「赤玉楽劇座」。販売店主らを招待し、興業しながら全国を回った。この劇団のプリマ・ドンナが、くだんのポスターのモデルに起用された松島栄美子さんだった。

 撮影は大正11(1922)年5月、大阪市内の写真館で行われた。当日の様子は山口瞳・開高健著「やってみなはれ みとくんなはれ」(平成15年、新潮社)に詳しい。

 《写真館のほうも、はじめは驚いたが、スタッフの熱意にうたれ、ポスターの撮影のある日は表戸をおろして客をことわってしまった。(略)はじめのうちは、松島栄美子は着物を着たまま写された。つぎの回は肌着姿になり、そのつぎはというふうに上半身を露出していった。彼女にも、どんなポスターになるかということがだんだんにわかってきた》

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