「東洋の魔女」は歴史的必然 社会学者・新雅史さんの新書が話題

 「当時のスポーツを担っていたのは工場単位の生産現場。社員に対する福利厚生とスポーツの距離が非常に近かった。でも『東洋の魔女』以降、企業スポーツが商品価値を持つと認識されると、チームは生産現場から隔離され、成績次第で切り捨てられる費用対効果の存在に変わっていった」

 「東洋の魔女」たちは東京五輪後、相次いで結婚し主婦となった。それは高度成長の中で「女工」が消え、女性労働者が急速に主婦化する過程と重なる。東京五輪は、金メダルを望む国民の強い要望で引退を延期した「東洋の魔女」の最後の舞台でもあった。

 新さんは、現代との一番の違いが「彼女たちは早く選手をやめて主婦になりたかった」ことだとする。「結婚したら引退し、家庭に入るといった、ある社会的役割を卒業して次の役割に移行することが現代の選手は難しくなっている。妻や母になっても昔の役割を降りられない。いま流行の美魔女(高年齢でも若々しい女性)が、いつまでも女性の役割を降りられないように」

 一度限りの舞台という特別感。それが、「東洋の魔女」が今も語り継がれる理由にもなっているという。では、7年後の東京五輪はどうか。新さんはこう予想する。「次のヒーローやヒロインは、五輪を機に競技をやめないだろう。ずっと選手であり続けるのなら、別に東京でなくともいい代替可能な一大会になる。今回、五輪そのものを楽しみにするというより、経済成長や都市の再開発などの二次的な話ばかり語られがちなのは、そうした時代の違いがあるからではないか」