若手記者が行く

「帰れ!」と怒鳴られても…辛い犠牲者の顔写真取材 福知山花火大会事故 

 第一報を聞いた段階から「えらいことになった」とは思っていたが、場所が京都とあって管轄外だとの意識があり、取材に参加すると思っていなかった。

 現場へ向かう途中、携帯電話の着信音が鳴った。現地の取材キャップからだ。

 「亡くなった男の子、野球をしてたみたいやからプレーしてるような写真とエピソードを探して」

 自分の仕事が決まった。いよいよ本番-と思うと、汗が吹き出してきた。

聞き込みの鬼になる…はずが

 午前10時ごろ、亡くなった山名空(やまな・そら)君が住んでいた京丹波町の団地で同期の記者と合流した。甲子園取材を終え、休む間もなくこの事故取材に投入され、疲れ切っているのは、顔を見ればすぐにわかった。久しぶりに会っても応対は一本調子で、声も小さく元気がない。

 挨拶もそこそこに、とにかく空君を知っている人を探さなければ、と二手に別れた。

 だが、顔写真を入手するのは得意ではない。数週間前に大津市であった、住人が亡くなった住宅火災でも、未明から明け方まで奔走しながら被害者の顔写真を確保することができなかった。約1時間おきに支局と電話連絡を取った際、「そこで取れなくても、持っていそうな別の人を教えてもらえ」「お前は、がむしゃらさだけで何も考えていない」などと何度もどやされた記憶が蘇る。

 その経験から、やみくもに大勢の人から話を聞けばいいというものではないことは分かっていた。現場キャップらの話では少年野球をやっていたらしい。まず空君の同級生を捜し、そこでチームメートを教えてもらえないか…。

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